13 私のために、はやめてください
「ユーリカ……、私は、君のために」
「殿下。最初からお断りしています。私のために、などと二度と言わないでくださいませ」
まるで、子供をいじめている気分だ。心苦しい。だが、今ここでちゃんと分からせなければいけない。
理想を掲げることと、理想の中に閉じこもる事は違う。みんな成長したのだ。
ディーノ殿下、貴方も成長した。まだその成長に気付いていないだけ。情緒が追いついていないだけ。
今目の前で、理性的に説き伏せ、怒り、泣いているファリア嬢。この涙は演技じゃない。彼女だってずっと待っていた、ディーノ殿下を。
「……ファリア、なぜだろう。ユーリカにフられる事よりも、君を失う事の方が、私は……怖い」
「……殿下」
「妹のようだと、ずっと守ってあげるんだと、思って……、なぜ私は、君を失う事とユーリカに告白を受け入れられる事が結びつかなかったのだろう」
殿下の身体が震えている。寒くて仕方ないというように、背を丸めて、今にも卒倒しそうな様子で。
「いやだ、ファリア……私は、君を失うことが、いちばん、こわい……」
「……分かればいいのです、殿下。……次に浮気なことをされましたら、怒って泣くくらいじゃ済ませませんからね」
そう言って目に涙をいっぱいに溜めたファリア嬢が、ディーノ殿下を抱き締める。縋るように、ディーノ殿下はファリア嬢を抱きしめ返している。
そこまで見届けて、彼らのいる入り口とは反対側にある扉から、私とバルティ様は生徒会室を出た。
扉を閉じると、私はドッと冷や汗が出た。とても、怖かった。
殿下の事は生徒会長であり、将来つかえるべき主君だと思っている。
その方に嫌われてもいい、という程私の肝は据わっていなかったようだ。へなへなと扉の前にしゃがみ込んだのを、バルティ様は一緒にしゃがんで頭を撫でてくれた。
この人に触られるのは、嫌じゃない。
眼鏡の奥の瞳はまっすぐ私を見つめてくる。
何故か、とても安心する。同じような経験を、遠い昔にしたような気がする。
一人で寂しくて、虚しくて、居場所がなかった時に、声をかけてくれた……。
「バルティ、様……」
「怖かったでしょう、ユーリカ嬢。立てますか? あそこにソファがあります、そこまで行きましょう」
そう言って、私を支えてソファまで連れて行ってくれる。
隣り合って座り、自分の体にもたれかからせながら、肩を抱いたりはしない。
いつの間にか泣いていた私に、綺麗なハンカチを渡してくる。ソツが無い。
おまけに見目がよくて、不器用に優しくて、正論を吐くのに本当に大事な人に届かなくて、それでもそれを諦めずにきっとこの人は言い続けた。
そして、私という起爆剤で、ずっと殿下を想っていたファリア嬢も、バルティ様も、ディーノ殿下の凝り固まった理想をぶち壊しにした。
理想と恋愛の別がない。ディーノ殿下の告白は確かに愛の告白だったのだろう。だが、それは、自分の周りの何かを失う事と結びつかなかった。頭が良くて教養もあって政治関係ともなれば交渉術も巧みに扱うのに、まったく誰が情緒面が育ってないなんて思うだろう。
こうして失いそうになって、初めて本当に失いたくないものに気付くなんて。殿下はディーノ様である前に王太子になってしまった。高い理想と能力故に誰にも気付かれなかった、近くにいた二人の大事な人以外。
そして、近いからこそその声は聞こえなかったらしい。困ったお方だ……、かわいそうだけど。
だけど、まったくもってとばっちりだ。怖かった。本当に。バルティ様がいなかったら、私は殿下に嫌われても断らなければいけない、という臣下として当たり前のことができなかったろう。
私はなんだかんだ、まだ子供で、女だということが分かってしまった。いくら凛々しいと称されたとしても、私は男じゃない。男の人があんな風に感情を発露したら、やっぱり怖いのだ。
静かに涙を流し続ける私の、一つに括った頭を、バルティ様はただそっと、撫で続けてくれた。