12 あの女には心底イライラする(※バルティ視点)
昔っからファリア嬢が嫌いだった。
見た目は理想的なお姫様そのものの癖に、やたら目敏く、それでいて分を弁えている。
自分が他人からどう見られているかを知っていながら、白鳥のように水面下の努力を見せず、自分なら正面から言うしかないような事をあらゆる手段で穏便に本人に気付かせる。
そう、あれはまだ10歳になった頃。王宮で頻繁に開かれるお茶会には、毎回自分も招かれていた。その中に、子供ながらに男装をした見覚えのない令嬢がいた。
マナーは完璧、立居振る舞いも綺麗で、私はその子に目が釘付けになった。
「話しかけませんの?」
「……誰にです」
「まぁ、ふふ。はたから見てたら丸分かりですよ。あの男装のご令嬢が気になるのでしょう?」
「……」
本当に目敏い。こういう所が私は嫌だ。ディーノのようにはこの女……ファリア嬢とは付き合えない。
それはファリア嬢もわかっていて、ディーノに隠している面でもあるのだろうが。
「お名前はユーリカ様ですわ。辺境伯のご令嬢で、領地から王都に初めて移ったそうです。……あの格好ですもの、かといって男の子にも混ざれないし、女の子にも混ざれない。心細いんじゃないかしら?」
「……私は君の、そういう所がどうしても好きになれません」
心細いんじゃないかと分かっているなら、自分が声を掛ければいいだろうに。
「だって、心細い女の子に必要なのは王子様ですもの。学園に入れば女友達などすぐできます。さぁ、ほら、一人で所在なさげにしてるじゃありませんか」
言って、彼女は花壇から摘んできた花を一輪、私に押し付けた。紫の花弁の可愛らしい花だ。男装の女の子……ユーリカ嬢の瞳と同じ色の。
「何にでもきっかけは必要です。さ、いってらっしゃいませ」
それだけ言って、ファリア嬢はディーノの方へと戻っていった。
私は手の中の花を見て、少し迷い、自分には真っ直ぐにしか物が言えない事に諦めを覚えて、一人浮いているユーリカ嬢の所にむかった。
「失礼、レディ。私はバルティ、貴女のお名前を伺っても?」
「……ユーリカです、バルティ様」
「貴女の瞳はとても綺麗ですね。よければ私とお話ししませんか?」
そう言って花を差し出すと、彼女は少女らしく驚き、紫の目をやわらげて花を受け取った。
「ありがとうございます、バルティ様」
「さぁ、あちらにベンチが。何か食べますか?」
……こんな事もあったな。ユーリカ嬢は忘れている。この時は私は眼鏡はしていなかったし、今の私は女性に自ら話しかけたりしない。
それを、3人で集まった時に、あえて例え話に使うファリア嬢ときたら。それで思い出さないユーリカ嬢もユーリカ嬢だ。
見透かされている。ずっと、ユーリカ嬢に想いを寄せていることを。社交界に出たら気持ちを伝えるつもりだったのに、ディーノが暴走したせいで、取引などと言って。……私はだいぶ、捻くれてしまった。
今も、嫌い、と言って泣いてみせる。ディーノがそれがどれほどショックなのか……分かっている癖に。
ディーノはファリアを妹のように思っていたのは本当だろう。決して失われることのない、ディーノの綺麗なものと実用的なもので出来た世界のパーツ。
彼女は綺麗で実用的で、それでいてお前を想っているぞ、ディーノ。誰かに愛の告白をしても、婚約破棄とまで言われても、それでもお前がいい加減その理想の檻から出てくるのを一生懸命促している。
ファリア嬢は、お前の理想そのものです。いつまで砂糖菓子の夢を見てるつもりですか。もっと彼女を見てあげなさい。
何度も言った言葉を心の中で繰り返す。
そして、ユーリカがきっぱりと、ディーノの理想という名の愛を望まないと言った。
さぁ、ディーノ。いい加減、子供の殻から出てこい。
イライラするが、今お前が目の前で泣かせている女こそが、お前を本当に想って助けてくれる相手だ。