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11 望んでも無いので

「なりません。貴方の一存でそれが決められるとお思いですか」


 ファリア嬢の顔はいよいよ鬼の形相に近くなっている。笑っている、たしかに砂糖菓子で出来た人形の如き美しく整った顔が、笑っているのだが。


 背後には鬼が見える。殿下、それはどう考えてもNGワードです、これは完全に怒らせる台詞ナンバーワンだ。


「そ、れは……」


「不可能、という事はご理解いただけますね? 家と家の結び付きが我々の婚約です。分かりませんの? 我が家と婚約破棄をする、それがどれだけ我が家と王家にダメージを与えることなのか。……はぁ、長くご一緒して聡明な方だと、私もこの方がゆくゆく治める国の国母になるならと、どれだけ努力してきたか」


 今度は泣き落としである。レースのついたハンカチで目元の涙を拭いながら嘆いてみせる。


 ファリア嬢は演技もばっちりだ。きっと内心は怒り狂っているに違いない。


 泣かれるとどうしていいのか分からないらしい。決してファリア嬢を大事に思っていない訳ではないらしく、近付いてなんとか宥めようとする。


「いやっ! 触らないでくださいませ! 婚約破棄まで言われて、私が傷付かないとお思いな殿下なんて、嫌いです!」


 嫌い、と言われたのが余程ショックなのか、ディーノ殿下は青くなってふらつき、机にもたれかかって身体を支えている。


「き、らい……? ファリアが、私を……?」


「えぇ、大っ嫌いです! 私という者がありながら、別の女性に真実の愛などと囁いて! 誰がそんな婚約者を好きでいられますか?!」


「嫌い……」


 そんなにショックを受けるなら、婚約破棄などと言い出さなければいいのに。


 どこまで情緒面が育たないとこんなアンバランスになってしまうのか。決して人と接する機会は少なくなかったはずなのに。


 恋、というものの前に王太子という責任を。ファリア嬢、という前に婚約者として。誰にでもまっすぐ正論をぶつける親友の言葉は、語り合った理想の前では意味がなく。


 ……少しだけ同情してしまう。この人のアンバランスさは、誰の責任でもない。みんなの精一杯を、一身に受け止め、受け止めるのに精一杯で変化に気づけなかった。


 バルティ様は成長した。理想はあるが、できる範囲で叶えるように、身近なことから……例え自分が目の敵にされようと将来嫌味混じりの正論を言われた人が恥をかかないように行動していた。


 ファリア嬢は、きっと王妃教育を受けながら、それがどんなに辛くともディーノ殿下にそれを伝えなかった。ディーノ殿下も、幼い頃からずっと厳しい教育を受けてきたのだからと。ただ、ディーノ殿下にファリア嬢ほどの想像力や観察眼が無かった。


 ディーノ殿下は幼い頃に語った、思い描いた理想のために努力した。自分の代わりはいないと、この国の将来は自分が背負っているというのはどんなプレッシャーだろうか。結果、理想の中に置き去りにされてしまった。それはもう、凝り固まった硬い理想の中に。


 そんな理想のひとつのピースとして、殿下が求めたのは、崖から落ちてもいいから一緒に走ってくれる誰かだったのだろう。落ちても、途中で岩肌に掴まって、一緒に這い上がれるような。


 しかし、それはいけない。


 殿下に必要なのは、崖がある事を教え、手を引いて実り豊かな森へと導いてくれるファリア嬢のような女性。


 同じ速度で同じ方を向いて一緒に崖から落ちるような真似をしなくても、一緒にいて、時に道を間違えたときに手を引いてくれる女性だ。私じゃない。


「殿下。私は、そもそもそんな事望んでもいません」


 私は断ったつもりだったが、甘かった。嫌われる覚悟で言わなければいけなかった。


 私はあらゆる意味であなたの伴侶になることを、望んでいないと。

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