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7.モブキャラの訓練(スパルタ)

 最近、都を盗賊団が徘徊しているらしい。徒党を組み、昼夜問わず商家や民家に押し入っては財物を奪って去って行く。団員が白装束と白頭巾に身を固めているので、都の人々からは「白の盗賊団」と呼ばれて恐れられるようになった。既存の警察組織では手に余り、騎士団にも応援依頼が来た。特に頭領と覚しき人物は剣がめっぽう強く、警察の腕利きさえ負傷して取り逃がしたという。手下と区別のためか、赤い頭巾を被っているとのことである。

 警察の依頼を受け、騎士団では特別体制が組まれた。通常の訓練は一切中止。少人数で隊を組織し、要所要所で昼夜交代で警備をおこなうこととなった。


 サリア、ミリアーネ、エルフィラは同じ隊になれるよう希望を出してそれが受理されたうえ、日々の訓練が無くなったとあって無邪気に喜んでいた。この3人を一緒の隊にするというのは、物の役に立たない隊が一つできてしまうことを意味するのだが、隊の編成を任された幹部は事務処理に忙殺されてそんなことを考慮していられなかったのだった。


 しかし3人の喜びは長く続かなかった。





 「ホラ、ちゃんと着いてこい!まだ20周目だろうが!」


 騎士団訓練所の外周を、大声を張り上げて走っている女性は目尻が切れ上がってクールな顔。ポニーテールにまとめた髪が走るたびに揺れる。その後ろには呼吸困難になり、足もフラフラになったいつもの3人組。3人とも体力の限界をとうに過ぎているらしく、もう歩いているんだか走っているんだかわからない状態である。


「仕方ない、10分休憩!」


 先頭を走る女性がそう宣言すると、3人はその場に倒れ込んだ。3人とも大汗をかき、魚のように口をパクパクさせている。エルフィラが一番悲惨で、疲労のあまりウゲエ、オエエエとやりだした。


「ベアトリゼ隊長、エルフィラが貴族のお嬢様が出しちゃいけない音を出してます」


 呼吸がようやく整い始めたミリアーネが声を絞り出すと、ベアトリゼと呼ばれた女性は呆れ顔で、


「貴様らは体力が足りなさすぎる」


「隊長の体力が規格外なんです」


 サリアがエルフィラの背を撫でながら、喘ぎ喘ぎ言った。



 入団初年の3人だけでは隊を任せられないと判断され、先輩騎士を隊長として加えて4人の編成となったのだが、ベアトリゼ隊長は自分の部下になった3人の体力不足をすぐに看破し、このままでは白の盗賊団どころか普通の追い剥ぎすら捕縛できまいと危惧を抱いた。そこで空き時間をすべて訓練に当てることを宣言し、今日も朝から訓練三昧なのだった。訓練はスパルタもスパルタで、通常の訓練の方がどれだけ楽だったかと3人は思う。



 もう10分経った。ベアトリゼが無情にも命令する。


「休憩終わり!エルフィラ、お前は医務室に行け。残り2人はあと10周。着いてこい!」


 サリアとミリアーネは絶望的な顔をしながらヨロヨロ立ち上がった。





 今日も食堂ではサリアとミリアーネとエルフィラが夕食をとっている。が、3人の間に会話は無い。ミリアーネですら、いつもの自説開陳をおこなわない。ケンカをしているとか、ミリアーネの思考回路がまともになったとかではなく、単純に3人とも喋る気力も残っていないからだった。疲れて食欲すら湧いてこないが、食べないと身体がもたないので無理矢理胃袋に詰め込んでいく。


 エルフィラが悲しそうに呟いた。


「私、18年間生きてきて口からあんなはしたない音出したの初めてよ」


 いつものミリアーネだったら、ニヤニヤしながら「じゃあ口じゃないところからもっとはしたない音たてたことあるの?」とか下劣なことを言ったかもしれないが、ここ最近はとてもそんな元気が残っていないのだった。代わりに力なく呟いた。


「この隊編成って、白の盗賊団が壊滅するまで続くんだよね……」


 サリアとエルフィラは今更ながらその事実に気付き、暗澹たる気持ちになる。つまり白の盗賊団問題が解決するまで、ベアトリゼ隊長は毎日スパルタ訓練を強いてくるということだ!


 3人の上を一層重苦しい空気が支配し始めたとき、ミリアーネがまた口を開いた。小さいながらも、力強い声音だった。


「私、白の盗賊団を必ず潰してみせる。みんなで頑張ろう」


 いつものサリアだったら、ニヤニヤしながら「おいおい、私たちのようなモブキャラは戦死するんじゃなかったのか」とか茶化したかもしれないが、こちらもここ最近はとてもそんな元気が残っていないのだった。彼女自身、白の盗賊団さえいなければこの地獄のような訓練が始まることはなかったと思っているので、彼らに対する憎悪が強い。だから小さいながらも、力強い声音で返答した。


「潰してみせよう。私たちの平穏な日々のために」


 エルフィラも応じて、


「潰しましょう。私たちの身体が潰れる前に」


 そして3人で拳を合わせた。

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