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1.モブキャラ

 騎士の家に生まれたサリアは真面目で正義感の強い人間だ。幼い頃から騎士としての父の姿を見て育ち、騎士に憧れ、騎士を目指すようになった。そのために剣も学業も人並み以上に努力したつもりでいる。そして18歳になったこの春、ようやく憧れの公国騎士団に入団できたのだ。いま、無敵の剣で敵をなぎ倒していくサリアの物語が、始まろうとしていた。



 というサリアの幻想を騎士団入団1か月でぶち壊したのは、いま目の前で食事をしている同い年で同期のミリアーネだ。肩で揃えた茶色のはねっ毛と大きな目、いたずらっぽく曲がる口とで、黙っていれば美人の部類に入る。しかしよく喋るのが玉に瑕、自分たちの立ち位置に関して独自の見解を持っていて、それをサリアに開陳することに余念が無い。今も騎士団の食堂で夕食をとりながら、しきりにサリアに話しかけている。


「だからさ、私たちはモブキャラだと思うんだよね。それを念頭に置いて行動しないと」


 また始まったぞ、とサリアは思い、パンをちぎって口に入れた。




 ミリアーネは騎士階級の出ではなかった。それがどうして騎士になったかというと、騎士道物語の読み過ぎのためである。幼少のころ、周りの友達が恋愛小説を読んでキャッキャウフフしている時代、ミリアーネは早くも騎士道物語に没頭していた。クラスに1人はいる、特定分野の知識に非常に詳しい生徒、それの騎士道物語版である。その特定分野が昆虫や花や星や歴史なら周りの尊敬も受けるのだが、騎士道物語では尊敬されようもなかった。当然の結果周囲から浮いた。


 多くの生徒の場合、ここらへんで同調圧力に屈して騎士道物語を捨てて恋愛小説を読み始め、友人とキャッキャウフフする平凡な人間になってしまうのだが、そうならないのがミリアーネのすごいところだ。むしろいっそう騎士道物語世界に没入していき、将来の夢は騎士とまで言い出すようになった。両親は呆れていた。


 彼女の特にお気に入りはナ・ロー小説といわれるジャンルで、その中では前世の記憶を持った主人公が謎の力でモンスターを一網打尽にしたり、幼少時に劣等生としてバカにされていた主人公があるとき謎の力に目覚めたりする。騎士道物語に没入しすぎて、現実との区別が曖昧になりつつあったミリアーネは思った。もしかしたら、自分もそんな主人公の1人なのでは?その根拠の無い自信だけが、彼女が騎士を目指した動機だった。本当にそのモチベーションだけで騎士団に入れたなら、ミリアーネがよっぽどすごいか騎士団の質がよっぽど低いかのどっちかだな、とサリアは言った。願わくは、前者であってほしいね。


 だが、現実は厳しかった!彼女に前世の記憶は無かったし、謎の力はいつまでたっても発現しなかった。ついに彼女は、ある現実と向き合わざるを得なくなった。


「そうか、私は騎士道物語の中のモブキャラだったんだ……!」



 サリアはまたパンをちぎって口に入れた。あまり興味のない様子で口を開く。


「そのモブキャラっていうのは何なんだ?」


「サリアには何度も説明したじゃん!仕方ないなあ、また説明する。簡単に言ったら物語の主人公の引き立て役のことだよ。物語中で名前も顔も出ない、その他大勢の有象無象と扱われる人たち。例えばサリアが好きな恋愛小説だったら、『主人公は異性皆に好かれている』って設定がよくある、その『皆』の部分にあたる人だね。だけど主人公はモブに想いを寄せることは絶対ない」


 サリアがあわてて口を挟む。


「わ、私はべっ別に恋愛小説なんか好きじゃない!」


 抗議の声を意に介せず、ミリアーネは話し続ける。


「問題なのは騎士道物語の場合で、モブは大多数が戦死しちゃうんだ。モブは主人公の引き立て役だからね。主人公を引き立てるためには、まず悪役を強く描く必要がある。だから悪役は主人公の味方をいとも簡単に死なせるんだ。初登場時に同時に十人を斬ったりして、いかに強い悪役かが描写される」




 サリアはもう興味を失ってスープを啜っている。ミリアーネは委細かまわず喋り続ける。


「で、私たちは騎士で何の取り柄も無いモブでしょ。ということは悪役の強さを際立たせるため、戦死する可能性が高いのだ。どうだ、わかったか!でも大丈夫、私といっしょに騎士道物語を読んで、モブキャラの死亡パターンを研究しよう。そして戦死の可能性を下げよう。まずはおすすめのナ・ロー小説貸すから」


 と言って2,3冊こちらに寄越してきたのをサリアは押し戻し、


「私は興味ない。だいいち私たちが取り柄の無いモブキャラと決まっているわけじゃない。もっと自分に自信をもっても良いだろう」


「じゃあ聞くけどさ、ミリアーネは前世の記憶や謎の力を持っている?」


「あるわけないだろう」


「容姿は?」


 サリアは沈黙した。

 サリアの容姿は悪くはないが、万人がかわいいと感じるというものでもない。髪は黒のボブ、眠そうにしている目、形よく小ぶりな鼻、薄い唇、一つ一つのパーツは良いのだが、それらの間に調和が無く、各々が独自の存在感を発揮して顔面に居座っている。目立った特徴のない、印象の残らない、強いて言うならモブ顔である。


「剣の腕前は?」


 サリアはぐっと詰まった。そしておそるおそる、


「中の上、くらい……?」


「私は嘘をつく人、嫌いだな」


 また沈黙。

 ミリアーネは得意な顔をして、


「ほら、特徴も取り柄も無い、モブキャラの自覚が出ただろう!さあ、今日から死亡パターンの研究を始めよう!」


 そして意気揚々と食器を片付けに向かうのだった。

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