③「付き合ってるのか?」
海中展望塔は、海にかかった長い桟橋の先にあった。
海の鮮やかなグラデーションを遠くに眺めながら、ぞろぞろと橋を進む。
展望塔の螺旋階段を下りると、そこはもう海の中だった。
「うわぁー! 魚いっぱいいるー!」
ぐるりと周囲を囲った窓の向こうには、青やら黄色やらストライプやら、とにかく色鮮やかな魚が泳ぎ回っていた。
紗矢野がピタッとガラスに張り付いて、キラキラと目を輝かせる。
「かわいーい! ね、あれヒトデかな?」
「だな。赤い」
「え! 見て見て! カメいるんだけど! すごーい!」
「おお、ウミガメ」
紗矢野に釣られてか、俺もなんだかんだリアクションが大きくなってしまう。
普通の水族館とはずいぶん趣きが違うが、これはこれでいいもんだ。
海中という特殊なシチュエーションも手伝って、俺は自分がワクワクしているのを感じていた。
「楠葉」
そのとき、不意に背後から声をかけられた。
見ると、馴染みのないラフな薄着姿の隠岐が、涼しげに立っている。
相変わらず、なんとなく浮世離れした雰囲気があるやつだ。
「わ、隠岐くんだー」
「あ、あぁ……紗矢野もいたのか」
途端、隠岐はふいっと顔をそらして、ぎこちない手つきで頭を掻いた。
さっきまでの落ち着いた表情が、すっかり消えている。
やっぱりそうなるのかよ。
「なんか用か」
「……伝達だ。ホテルでの夕食が済んだら、修学旅行委員は一度、ロビーに集まってくれ」
「ん、了解」
「おっけー」
「よろしく頼む」
言いながら、隠岐は小さく頷いた。
そのまま踵を返し、さっさとどこかへ――
「……」
と思ったが、隠岐は俺と紗矢野を交互に見て、少しだけ目を細めたようだった。
紗矢野もそれに気づいたのか、不思議そうに首を傾げる。
まだなにかあるのか。
「……聞きたかったんだが」
「え、なになに?」
「……お前たちは、付き合ってるのか?」
「ふぇっ!?」
「は?」
真面目な顔で、いきなりなに言ってるんだ、こいつは。
「なんだ、違うのか」
「え、えーっと……そのぉ……」
「違う。っていうか、なんでそうなるんだ」
「よく一緒にいるだろう」
「委員が同じだからな」
「それに、気安そうだ」
「紗矢野は誰とでもそうだよ」
「……ふむ」
俺が説明しても、隠岐は納得いっていなさそうな顔で、顎に手を当てていた。
そんなわけないだろうに。
ひょっとしてこいつ、本当はけっこうアホなのか?
「お、隠岐くーん? ちょーっとこっち来てくれる?」
「ん? お、おい……っ」
俺が呆れていると、紗矢野が突然隠岐の腕を掴み、近くのちょっとした物陰に引っ張っていった。
なんだかよくわからないが、まあ誰しも、他人に聞かれたくない話くらいあるってもんだろう。
特に気にもならなかったので、俺はまた窓の方に向き直って、海の景色を眺めることにした。
「……おお、サメだ」
ラッキーなんじゃないか、もしかして。
◆ ◆ ◆
その後、もう片方のグループと入れ替わりで街を見学し、ホテルに着いた。
ホテルはあらかじめ写真で見ていた通り、高級感のある内装だった。
明るく天井の高いロビーや、やたらと広いパーティーホールまでついている。
ちなみにまるまる貸切なので、他の観光客もいない。
フロントでペアごとに鍵を受け取り、それぞれの部屋へ移動する。
俺の相手は例によって恭弥だ。
正直、組んでくれて感謝している。
「俺ベッド奥なー!」
荷物を置いてすぐ、恭弥がそう言いながらベッドにダイブした。
バネが効いているのか、身体が上下に大きく揺れる。
俺も奥がよかったが、まあ、譲ってやろう。
これで貸し借りはチャラだな、うん。
「部屋も綺麗じゃん!」
「だな。あ、Wi-Fi繋げとこう」
「おー! 海見えるぞ! 微妙に!」
窓の外を指さして、恭弥が叫んだ。
たしかに、端の方にちらっと海が見える。
マジで微妙にだけど。
「……お」
ベッドに横になってすぐ、半日ぶりにネット回線を手に入れたスマホに、ブブッと通知が来た。
どうやら、理華からのメッセージらしい。
『無事着きましたか』
要件はそれだけ。
点呼は済んでいるし、着いていて当然なのだが、フッと頬が緩んでしまう。
『おう。そっちは平気だったか、飛行機』
『どういう意味ですか。平気ですよ』
本当かな。
まあ、無事ならそれでいいんだが。
「晩飯まで自由だっけ?」
「ああ。一時間くらいだな」
「おー。じゃ、俺はちょっと探検へ」
言って、恭弥は軽快な足取りで部屋を出て行った。
いろいろ見たい気持ちはわかるが、それにしても元気なやつめ。
さて、俺はどうしたもんかな。
移動してばかりで疲れたし、仮眠でも取ろうか。
そんなことを考えていると、再びスマホが震えた。
また、理華からだ。
『部屋に行ってもいいですか?』
「えっ」
……。
「……」
『千歳が行きたいと』
「……ああ、ふたりか」
身構えて損した……。
『いいよ』
『ありがとうございます』
最後に部屋番号を伝えると、今度こそ理華からのメッセージは止んだ。
仮眠はお預けだな、こりゃ。
……ところで、そういえば今日、理華と会うのは初めてか。
「……いや、だからどうってわけじゃないが」
そんな俺の情けない独り言も、部屋の外から聞こえる遠い喧騒に、すぅっと吸い込まれていった。