②「じゃあ、一緒に見る?」
飛行機を降り、空港を出て、俺たちは再びクラスごとに点呼を取った。
全員揃っていることを担任に報告し、俺と紗矢野も列に混ざる。
グアムの空はとにかく青かった。
そして、こころなしか街がカラフルだった。
植物が多いのもそうだが、建物や看板の色味が明るいのも、一役買っているのだろう。
明らかに日本とは違う、まさに南国、まさにグアム、という感じだった。
だが、そんなことより。
「……暑い」
八月のグアムは雨季だ。
スコール、台風に注意が必要なのはもちろんだが、なによりも湿度が高い。
見た目は爽やかな晴れでも、肌に触れる空気は水が混じっているのがわかるくらい、じめじめとしていた。
話には聞いてたが、いざ体感してみるとこれは、苦手だな……。
「一組から四組はこっち、五組から八組はあっちのバスに乗れー!」
生徒指導の武田の号令で、学年全体がふたつの塊に分かれた。
ここからは四クラスずつ、違うスケジュールになる。
ちなみに、俺は三組、理華は五組なので、しばらく別行動だ。
「今からどこ行くんだっけ?」
今日二度目のバスでも、隣の席は恭弥だった。
さすがのこいつも湿気にやられたのか、朝や飛行機の中よりも落ち着いている。
「海中展望塔」
「あー、あれか」
それだけ答えて、恭弥はすぐに近くの部活仲間の会話に混ざった。
その様子から察するに、あんまり興味がないんだろう。
ちなみに、俺は密かに楽しみにしている。
海中展望塔。
水族館好きの俺にとっては、もう名前だけで魅力的だ。
惜しむらくは、人が多すぎることくらいか。
その後は、バスガイドの流暢な日本語をぼんやり聞いているうちに、すぐに目的地に着いた。
バスを降り、クラスごとに固まって歩く。
自然、周りの連中はそれぞれ、数人ごとのグループに分かれていった。
もちろん、俺はひとり。
まあ、願ったり叶ったりだな。
「楠葉くんっ」
「……なんだよ」
たたっと跳ねるような足取りで駆けてきて、紗矢野が俺の隣に並んだ。
お馴染みのサイドポニーが、今はいつもよりも楽しげに揺れている。
それにしても、もしかして意外と友達いないのか、こいつ。
「楽しみだねー、海中なんとか!」
「そうだな」
「ところで、楠葉くんひとり?」
「ああ」
「えぇー。ぼっちじゃん!」
「普段からずっとそうだろ」
なにを今さら。
呆れる俺を尻目に、紗矢野はあたりをキョロキョロ見回していた。
それから、なぜか少しだけこちらに顔を近づけて、内緒話のように言った。
「……じゃあ、一緒に見る?」
「いや、やめとく」
「なんで!」
紗矢野は心底驚いたように言ってから、口をあんぐり開けた。
「いいじゃーん! せっかくなんだし!」
「お前は友達がいるだろ」
「いるけど! みんな、彼氏とか他の子と行っちゃいそうなんだもん」
「そうか。なら、ちょうどいいな」
「えっ? あ、う、うん! そうでしょ! ちょうどいいから、ね!」
「ああ。紗矢野もこれを機に、ひとりのよさに気づくだろ」
「違うーーーっ!」
紗矢野はそう叫び、大袈裟な動きで頭をぶんぶん振った。
なにが違うんだ、いったい。
「ひとり同士なんだから、一緒に行こうよー!」
「えぇ……なんでだよ」
「いいからいいから!」
紗矢野はそれっきり、強引に俺の横に居座ってしまった。
つんっと口を尖らせたまま、グアムの街並みを眺めている。
やれやれ、のんびり満喫できると思ったのに。
だが、こうなっては追い払うのも億劫だ。
あまり気にしないことにしよう。
「……あっ! 見て見て楠葉くん!」
紗矢野に肩を叩かれて、伏せていた顔を上げる。
すると、そこには少し前から見えていた青すぎる海が、視界一面に広がっていた。
「お、おぉ……」
突き抜けるような空と、吸い込まれるような海。
似ていてもたしかに違う、あまりに広大なふたつの青。
その境い目である水平線が、遠くでゆらゆらと揺れている。
これは、さすがに……。
「超キレーイ! すごいすごい!」
はしゃいだように飛び跳ねる紗矢野に腕を掴まれながら、俺はしばらくのあいだ、なにも言葉を発せずにいた。
飛行機からの眺めといい、今といい、柄にもなく景色に見惚れるとは……。
だがここまでスケールがデカいと、問答無用で圧倒されてしまう。
周りの連中も、指を差したり叫んだりで、大層盛り上がっていた。
恭弥が興奮気味にタオルを振り回しているのが、視界の端に見えた。