④「意外にやるわね、ふたりとも」
『理華は?』
『廉さんはどうするんですか?』
そうだ……さっき、理華と話したとき……!
「いやぁ冴月さん、これは見過ごせませんねぇ!」
「そうですねぇ! 千歳さんはどう見ますか?」
「ふふっ、可愛いわよ、ふたりとも」
完全に、やらかした……。
隣を見ると、理華も絶望的な表情で、だらだらと汗をかいていた。
くそっ、すっかり油断してた……。
しばらくこいつらに会ってなかったせいで、頭が切り替わってなかったのかもしれない……。
たしかに、いつから恭弥たちの前でも名前呼びにするか、悩んでいた部分はある。
だが、こんな迂闊な展開でバレるなんて……アホ過ぎる……。
「こ、これは違うんだよ……」
「そ、そうです……っ! 偶然というか、ついうっかりというか!」
「うんうん。うっかりしてたのよね」
「こら。理華は黙ってろって……」
テンパって、ますます墓穴を掘ってるんだよ……。
「あ、また理華って呼んだわね」
「あっ」
テンパってるのは俺もだったか……。
「あんなに慣れてる感じだったんだし、さすがに誤魔化せないと思うわよ?」
「そーそー。なんで隠すのよ」
「そうだぞー。むしろ、名前で呼ぶ方が自然なんだ。俺たちも心配してたんだからなー」
口々に勝手なことを言って、リア充三人は盛り上がっていた。
俺と理華は横目で視線だけを合わせ、一緒になって打開策を練る。
が、当然そんなものはなかった。
あったとしても、今は相手が悪過ぎる。
悔しいが、簡単に手玉に取られて終わりだろう。
「いつからそうしてたんだよ? その感じだと、つい最近ってわけじゃないだろぉ」
「そうよねー。あの楠葉が自然だったし。生意気にも」
恭弥と雛田はそんなことを言いながら、手元のケーキをパクパク食べた。
一方、俺と理華のプリンは少しも減っていない。
こんな状況じゃ、食欲も湧かなくて当然だ。
ちらりと横を見ると、理華はすでに観念したような表情をしていた。
「もう白状してしまおう」と言っているのがわかる。
正直、俺も同じ考えだった。
こうなっては、逃げ切れるわけがない。
そして、口を割るのは俺の仕事……なんだろうな。
「まあ……付き合って一週間くらいか……あれは」
「早っ! マジか!」
「うわー。そんなに前から騙してたんだ」
「意外にやるわね、ふたりとも」
ニヤニヤニヤニヤ。
なにがおかしいのかは知らないが、リア充どもは楽しそうだった。
不本意だ、本当に……。
「そうかぁ。廉にもそんな甲斐性があったかぁ」
「う、うるせぇな……」
「理華も、すっかり恋する乙女になっちゃってまあ」
「な、なっていません! い、いえ……なっている……のかもしれませんが……」
理華は消え入るような声で言いながら、顔をぽっと赤くしていた。
正直、めちゃくちゃ可愛い。
いや、どう考えても今はそれどころじゃない。
「でもあれだな。いよいよかもな」
「な、なにがだよ」
「いやぁ、そろそろ周りにバレるんじゃないかと思って、付き合ってるの」
「うっ……」
恭弥の口調には、ふざけたところが少しもなかった。
やっぱり、そうなのだろうか……。
「まあ、普通に考えたらそうよねー。っていうか、そもそも隠してるの?」
「い、いや……べつにそういうわけじゃ……」
「は、はい。ですが、広まるきっかけもありませんし……」
まあ、実際はそのきっかけを自分たちで潰そうとしてしまうので、隠してるようなもんなのかもしれないが……。
「バーンって広めちゃえばいいのよ。いっそ交際宣言でもすれば?」
「んなことしてたまるか……」
「そうです! それに、聞かれてもいないことをわざわざ言うなんて、おかしいじゃないですか」
「あら。それじゃあ聞かれたら教えちゃってもいいの? 私、この前陽茉梨に聞かれて、一応伏せておいたのだけれど」
「えっ、そうなんですか……!」
「ええ。『橘ちゃんって彼氏いるの?』って」
「あ、私も部活の友達に聞かれたわよ? とりあえず、知らない、って答えといたけど」
「そ、そうだったのか……」
なんてこった……まさかもうそんなことまで起きていたとは……。
だがそうなると、俺たちのせいでこいつらにも負担をかけてることになるのか……。
これは、本格的に腹を括るべき、なのかもしれない。
「まっ、でもどうせグアムでバレるんじゃね?」
「そうね。一緒にいる時間もけっこうありそうだし」
雛田に言われて、俺たちは顔を見合わせた。
しかし……やっぱりバレるか、さすがに……。
……まあ、ちょうどいいのかもな。
それに、バレたからって大したことはないだろう、たぶん。
なにも、悪いことをしてるわけじゃなし。
「ところで、おふたりさん」
突然、恭弥がさっきのような、芝居がかった話し方に戻った。
なんだか、嫌な予感がするんだが……。
「じゃあ結局、どこまで進んでるんだね?」
「……」
……。
「……ノーコメント」
「おっと! 今日は逃さないぜー! どうせそれも隠してるんだろ!」
「だぁーっ! もう休憩終わりだ! 早く課題やれ!」
「あら、いいじゃない楠葉くん」
「理華、私にだけでいいから教えなさいよ。手は繋いだの? ハグは?」
「の、ノーコメントです!」
「えぇー」
もう、こいつらと課題なんてやるもんか。
そう心に深く刻みながら、俺はすっかり忘れていたプリンを、多めに口に入れた。