① 「私は仲間はずれ?」
「ってことだから、その子たちはもうちょっかいかけてこないと思うわ。安心してね、楠葉くん」
ある日の昼休み、俺は恭弥に連れられて、中庭で須佐美千歳と会った。
須佐美は俺を見るや否や、なぜかニヤニヤと腹の立つ表情をした後、「ありがとう」と言った。
何に対する礼なのかと首を傾げていると、須佐美は先日の橘襲撃事件の後日談を話し始めたのだった。
「相変わらず、恐ろしいほど手際がいいな、あんた」
「可愛い理華のためだもの、当然よ」
話によれば、橘からあの一件について聞かされてすぐ、須佐美はあの女子二人を特定し、直接接触したらしい。
そこからはなんの工夫も策略もなく、やめろ、と釘を刺したそうだ。
それだけで本当に常習化を止められるのは、さすが須佐美というところだろう。
極め付けには、あの一ノ瀬というらしい男子にもコンタクトを取り、なんらかのダメ押しをしたらしい。
「でも、私はあの子の身を守っただけ。理華の傷を癒したのは楠葉くん、あなたよ」
「そうか?」
「そうなの」
須佐美はクスッといやな笑い方をした。
いやな、という表現は適切ではないかもしれないが、これ以外に言葉が思いつかない。
「それにしても廉よ! もういよいよ誤魔化せなくなってきたんじゃないのか?」
「……なにが?」
やたらとテンションの高い恭弥が、俺の肩に腕を回してきた。
普通に暑苦しい。
「とぼけるなよぉ。橘さん、好きなんだろ?」
「……違うって」
「あ、今変な間があったぞ」
「うるせぇな……」
恭弥はすぐにこうして、恋愛を持ち出してくる。
高校生なら当然なのかもしれないが、正直俺には手に余る。
「っていうか、須佐美の前でそういうこと言うなよ……」
「あら、どうして?」
「どうしてって……気に入らないんじゃないのかよ」
「そんなことないわよ、冴月じゃあるまいし」
またクスクスとした笑み。
こちらを見透かしたような、須佐美特有のこの笑い方。
あぁ、そうか。いやなんじゃない。
俺はこの笑みが、怖いんだ。
隠していることが、そして俺自身が気づいていないことが、全部知られているようなこの笑い方が。
「それどころか、私はけっこうお似合いだと思うわよ。理華と楠葉くん」
「俺も俺も! なんか二人ともマイペースなのに、そのペースが同じっていうかさ」
「そうだとしても、恋愛に結びつける理由にはならないだろ。友達でいい」
「出たー、廉の偏屈論破」
「誰が偏屈だ誰が」
得意技みたいに言いやがって。
「でも、理華がどう思ってるかはわからないでしょう?」
俺への追求は止まなかった。
いつもなら恭弥ひとり言いくるめれば済むのだが、今日は相手が多い。
しかもそれが須佐美となると、余計に厄介だった。
「お、そうだぞ廉。橘さんが廉のこと、好きかもしれないじゃん」
「……だとしても、俺の身の振り方は変わらないだろ」
「変えてもいいし、変えなくてもいいのよ。それでどうなるかも踏まえて、選べばいいわ」
「いやぁ、俺は付き合ってほしいなぁ、廉と橘さん」
「ふふっ。まあ、それは私もそうなのだけれどね」
「……勝手なことを」
静の須佐美と動の恭弥。
この二人のコンビはなかなかに凶悪だった。
それにしても、須佐美が肯定的なのは意外だな。
てっきり雛田みたいに、橘のことを守りたがるものかと。
「守りたいわよ、もちろん」
俺が自分の考えを伝えると、須佐美は当然だと言うようにまた笑った。
「……じゃあ、なんで」
「わからない? 守りたいから、あなたと一緒になって欲しいのよ。あの子、あれで案外、弱いから」
「……わかんねぇよ、いろいろと」
「付き合ったらダブルデートだぞ! 約束だからな!」
「あら、なにそれ。私は仲間はずれ?」
「トリプルデートでもいいぞぉ! でも須佐美さん、彼氏いたっけ?」
「さぁ、どうかしらね」
煙に巻くように、いつもの笑顔を浮かべる須佐美。
人のことはあっさり見破るくせに、自分のことは明かさないとは。
まあ、べつに特段興味があるわけじゃないけれど。
「っていうか、勝手に決めるなよ」
「いいじゃん! もし付き合ったら、の話なんだから!」
「そうね。もしもの話よ」
「……もういい」
二人に背を向けて、さっさと中庭を出ることにした。
須佐美は「それじゃあね」と言ってあっさり引き下がったが、恭弥は案の定追いかけてきて、また無理やりに肩を組んできた。
「素直じゃないなー、廉は」
「やめろって。うっとうしい」
「いいじゃんかー、親友なんだから」
「……暑いんだよ」
「おっ! 親友は否定しないのか! くぅーっ! 成長したなぁ、廉」
くそっ……俺としたことが。
まあ、今さらそこを否定したところであまり意味はないだろう。
それに、否定する気もない。
俺に親友がいるとすれば、それは間違いなく恭弥のことなのだから。
「廉」
「……なんだよ」
「せっかくちょっとずつ変わってきたんだ。それも、良い方向に。だからさ、自分の気持ちに嘘つくのだけは、やめとけよ?」
「……わかってるよ」
急に真面目な口調になった恭弥に、俺は軽口を叩くことができなかった。
俺がこっそり縮めていた、踏み込んで欲しくないラインまでの距離。
それをあっさり見破って、自然に最短距離まで詰めてくる。
こういうところが、こいつの良いところであり、俺が苦手なところなのだろう。
「わかってるならいいや。あんなこと言ったけど、本当に廉が橘さんを好きじゃなくて、このままでもいいなら、そうすればいい。でも、やっぱり橘さんが好きで、助けが欲しくなったら、その時は絶対に俺を頼れよ?」
「……言われなくても、お前しかいないんだよ、俺には」
「あはは、そうだった」
「うるせぇ。否定しろや」
「親友に嘘はつけないんだ、義理堅いから」
「ホントに義理堅いやつに謝れ」
やれやれ、調子のいいやつだ。
……まあ、たしかにこいつは、嘘はつかないんだろうけど。