① 「一つくらい取り柄はあるらしい」
「おい廉! 勉強教えてくれ!!」
「やだよ」
「ええっ!?」
ある日の放課後。
勢いよく頼み込んできた恭弥を一蹴して、俺は教室を出た。
「出るなよぉ!」
「……なんだよ」
「頼むよぉ……! 今回はマジでやばいんだって! 赤点取るぞ、俺!」
「勉強しろよ」
「自分じゃ何していいかわかんないんだよ!」
「教科書読めって」
「無茶言うなよ!」
「無茶じゃねぇよ」
「頼むぅぅうう!」
恭弥は俺の腕を両手で掴み、すがりつくように叫んだ。
本気でうっとうしい。
それに、ここは教室前の廊下だ。
まるで俺が恭弥を泣かせているみたいで、やたらと目立っている。
ひとまず恭弥を教室内に引き摺り込み、適当な席に腰掛けた。
こいつのペースに呑まれたら負けだ。
ちなみに、テストとは来週行われる中間テストのことだ。
生徒が放課後の時間を勉強にあてられるよう、今日から部活が休みになる。
「……彼女に教えてもらえよ」
「いや、冴月は俺より勉強ダメだから……」
「マジか……」
頭良さそうなのにな、雛田のやつ。
ってか、恭弥よりダメってそれ、めちゃくちゃヤバいんじゃ……。
「お前友達多いんだから、他に誰かしらいるだろ」
「廉がいいんだよぉぉお! 一番教え方上手いし、受験の時の実績もあるし!」
「……今日は帰ってゆっくりするつもりなんだよ」
「予定無いんなら良いじゃんかぁ!」
「ゆっくりする、っていう大事な予定がある」
「親友の頼みの方が大事だろぉぉお!」
「うるせぇな……」
どうやら引き下がるつもりはないらしい。
……まあいいか。
実際、たしかに具体的な用事は無いし、どうせ最後は押し切られそうだし。
「わかったよ。その代わり、メシを奢ること。いいな?」
「おお! さすが廉! 無条件で引き受けてくれるとは!」
「マジで帰るぞ」
「冗談です! 奢らせていただきます!」
恭弥はピシッと敬礼のポーズを取った。
やれやれ、調子の良いやつめ。
「じゃ、さっそく合流しようぜ!」
「は? なんだよ、合流って……」
「恭弥! いる?」
俺が恭弥の不可思議な言葉に首を傾げていると、廊下側の窓から雛田冴月が顔を覗かせた。
噂をすれば影がさす、というより、普通に恭弥が目当てらしい。
「お、来たか冴月! そっちはどうだった?」
「もちろん、連れてきたわよ! 二人とも!」
雛田が得意げに言い放つ。
その声に応えるかのように、雛田を挟んで二人の女子が窓から顔を出した。
「前回の実力テスト学年7位と、2位です!」
「おぉーー!!」
興奮気味に騒ぐ恭弥と雛田。
そんな二人を呆れた様子で眺めるのは、雛田の友人、橘理華と須佐美千歳だった。
須佐美は今日も眼鏡にポニーテールで、歳不相応の大人びた雰囲気が目に見えるようだった。
橘はいつも通り、強い存在感と凛とした表情で周囲の視線を集めている。
橘は俺と目が合うと、なぜか少しだけ顔をそらしてから、改めてペコリといつものお辞儀をした。
対して須佐美は、ニコッと笑って小さく手を振る。
それにしてもこの二人、そんなに上位ランカーだったのか。
橘が勉強できるってのはちらっと聞いてたけど。
まあでも、たしかに須佐美も頭は良さそうだよな。
ん? 待てよ?
合流って、もしかして……。
「こっちも前回学年9位の廉を引き込んだぜ!」
「やったー! 楠葉って、勉強だけはできるもんねー!」
「だけって言うな、だけって」
まあ、その通りなんだけど。
「へえ、楠葉くん、案外優秀なのね」
真っ先に反応したのは須佐美だった。
さっきの雛田の言い方からして、須佐美の方が学年2位なのだろう。
そんなやつに褒められても嬉しくないが、ここはひとまず、素直に受け取っておくことにする。
「人間、何か一つくらい取り柄はあるらしいぞ」
「あら、楠葉くんには、他にも良いところがたくさんあるじゃない」
「良いところ?」
「あ、あー千歳! それから冴月も! 早く行きましょう! 勉強、するんでしょう?」
俺と須佐美の会話を遮るように、突然橘が号令を掛けた。
なんだ、橘のやつ。
今日はなんか、様子が変だな。
「っていうか、やっぱりそういうことかよ」
「この最強の講師陣がいれば、俺たちのテストも安泰だぜ! な? 冴月!」
「そうね! 目指せ、赤点回避!」
そのわりには志が低いな、おい。
要するに、恭弥と雛田で結託して、勉強を教えてくれるやつを集めたってわけか。
で、これから勉強会をする、と。
相変わらず、自分のペースに人を巻き込むのが底無しに上手いな、このリア充どもは。
「それじゃ、さっそく行くわよ! 場所は駅前のフードコートね!」
「いいのかよ、そんなとこで。モラル的に」
「まあ、なにか注文すれば平気でしょう。冴月がアイスを奢ってくれるみたいだし」
「楠葉の分は無いけどね」
「俺は恭弥が奢ってくれるからいいですーぅ」
ってか、思考回路がまるっきりおんなじだな、このカップル。
その後、俺たち5人は固まって、ぞろぞろと昇降口まで歩いた。
恭弥たちは慣れた様子だったが、俺にとっては初めての体験なので、自分の位置どりに困ってしまう。
リア充たちはいつも、こんな感じで廊下を歩いているのか……。
「楠葉さん」
「ん?」
前の塊から抜け出して、最後尾にいた俺のところに橘が近寄ってきた。
橘とは数日前に映画を見て以来、初めて話すかもしれないな。
「あなた、普段勉強してないんじゃなかったんですか?」
「え? ああ、してないけど」
「……それで9位。千歳と言いあなたと言い、人の努力も知らないで……」
橘は忌々しげな表情で俺を睨んできた。
確かに俺は、人より勉強方面の定着は早い方だ。
でもそれは、たぶん悪すぎる運動神経と性格を誤魔化すために、神がステータス調整しただけだと思うが。
まあこれを言ったら前に恭弥に殴られたので、敢えて言わないでおくことにしよう。
「ん? 須佐美も勉強してないのか? あいつ、真面目そうなのにな。しかも、それで2位か」
「千歳は凄いですからね。勉強だけじゃなく、スポーツもできますし、しかも美人で、スタイルも良いです」
「……へぇ」
おい神、ステータス調整ミスってるじゃねぇか。
俺のマイナスの分を全部須佐美に回してるんじゃないのか?
「まあ、千歳に欠点があるとすれば」
「なんなんだよ?」
「……意地悪です」
「……なるほど」
ちょっとしか話したことない俺でも、納得の意見だった。