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【完結】美少女と距離を置く方法  作者: 丸深まろやか
書籍版一周年記念SS
117/117

①「念のためよ」


商業版『美少女と距離を置く方法』一周年記念のSSです。



書籍版『美少女と距離を置く方法』一周年記念SSです


――――――――――――――――――――――――――――――――


 六月某日、放課後、生徒会室。


「あ、おっきー! そのアメ一個ちょうだーい。リンゴ!」


「ん、ああ。ほら」


「テンキュー!」


「隠岐くん、私もほしいわ」


「味は」


「マスカット残ってる?」


「最後だ」


「そう。ありがと」


 私たち生徒会二年の三人は、修学旅行についての会議の場を設けていた。


 ただ見ての通り、会議といっても形式ばったものではなく。

 私と陽茉梨と、それから隠岐くん。

 各々自分の席に座って、お菓子を食べながらのんびり、しおり制作についての決め事をする、という感じで。


 準備は早めに、計画は綿密に。

 そんな隠岐くんの行動指針のおかげもあって、予定は滞りなく進んでいる。


 ただ、たまに陽茉梨の思いつきや突飛な行動で、スケジュールが狂いそうになることもあり、その度に隠岐くんと私で帳尻を合わせていたりする。


 まあ、そういうのも含めて修学旅行よね。

 準備も楽しまないと、頑張る甲斐がないもの。

 だから許してあげてね、隠岐くん。


「表紙のイラスト、どうしようかしらね」


 会話が途切れたタイミングで、今日のメインの議題を提示する。


 修学旅行のしおりは、毎年表紙をイラストにしている。

 生徒会メンバーが描けるならそれに越したことはないけれど、当然上手い生徒に依頼する方がベターだ。


「美術部じゃない? やっぱり」


「そうね。木村さんはどう? 前になにか賞を取って、話題になってたわ」


「あーぁ、あったねぇ」


「ええ。責任感の強そうな子だし、いいと思うんだけど」


「なら、頼みに行ってみるか」


「誰が?」


 隠岐くんの言葉に、陽茉梨がすぐにそう尋ねる。

 純粋な疑問という感じで、特に他意はなさそうだった。


「それはもちろん」


「もちろん?」


「……ん?」


 私の視線を受けて、隠岐くんは怪訝そうな、困惑したような表情を作った。


 鈍い……いいえ、これはたぶん、とぼけてる。


「よろしくね、隠岐くん」


「な……なんで俺なんだ」


「だって、相手は女の子よ」


「……だから?」


「だから、隠岐くんが行くのが一番、成功率が高いわ。違う?」


 私が言うと、隠岐くんは恨めしそうな目で、こちらを睨んだ。


 適材適所。

 使えるものは、なんでもしっかり使うべき。

 まさか異論はないだろう。


 首を傾けて応じた私に向けて、隠岐くんが小さなため息を吐く。

 一方で、陽茉梨はピンときたように、ポンっと手を叩いていた。


「なるほど! さすが千歳! 狡猾!」


「陽茉梨」


「は、はひっ! しゅみましぇん……」


 やれやれ、まったくこの子は。


「いいわ。とにかく行くわよ、隠岐くん」


「……はぁ。わかったよ……」


「あれ、千歳も?」


「念のためよ。彼だけじゃ、心配な部分もあるし」


 答えてから、私と隠岐くんは前後に並んで、生徒会室を出た。

 陽茉梨に留守を任せて、美術室に向かう。


 ただ、ドアを閉める直前、部屋の中にいる陽茉梨が、やけにニヤッと笑ったような気がした。


 ふふっ、いい度胸ね。

 帰ってきたら、ちょっとお灸を据えないといけないわ。


「失礼する」


 ノックの後で短くそう言って、隠岐くんが美術室のドアを開ける。

 私は彼の一歩後ろから、教室の中を眺めた。


「え、隠岐くん来たんだけど!」


「うそっ。写メ写メ」


「なに? 誰か人でも救ったの?」


 十人ほどの美術部員達の視線がこちら、正確には、隠岐くんに集まる。

 驚いたような、はしゃいだような、そんな様子だ。


 まあ、こうなるでしょうね。

 だからこそ、彼に来てもらったんだもの。


「あ、須佐美さんもいる」


「あー、生徒会ね。なぁんだ」


 状況の推測がついたのか、徐々に美術部員達のざわめきが小さくなる。


 バツが悪そうに指で頬を掻きながら、隠岐くんが言った。


「木村はいるか」


「えっ⁉︎ は、はい! 木村です!」


 美術室の奥にいた木村さんが、ピシッと立ち上がった。


 ショートヘアが印象的な、はっきりとした顔の可愛い女の子。

 背が高くてスタイルもよく、目立つ。

 あまり、文化部という感じがしない。


「ど、どうしたの?」


 こちらにやって来た木村さんは、緊張の混じった声音で聞いた。

 まあ、無理もないと思う。

 いろいろな意味で。


 ただ、彼女よりももっと緊張している人間が、ひとり。


「あ、あの……その、今、修学旅行のしおりを、作ってるんだが……」


「う、うん?」


 隠岐くんはほんのり頬を染めて、目を泳がせている。

 まるで、初対面の人の前で恥ずかしがる、小さな子どもみたいだ。


 ほら隠岐くん、しっかり。


「それで……その表紙を、木村に描いてもらえないかと……」


「えっ、わ、私が……?」


「……あぁ」


「……どうして?」


 木村さんはいつの間にか、少しずつ落ち着きを取り戻していた。

 一方で、隠岐くんは全然、緊張が解けていない。


「まあ……絵柄が、一番イメージに合うんだよ……。それに……木村なら安心して任せられると思った。……どうだ?」


「ふぇっ!」


 今度は木村さんが、顔を赤くした。

 瞳が、迷ったようにオロオロ動く。


「……う、えっと……た、大変、だよね……?」


「あ、あぁ。デザインも頼むことになるし、正直、それなりに手間がかかる。報酬も出せない……」


 そこで隠岐くんが、やっと顔を上げて木村さんの方を見た。

 たぶん、彼なりに頑張っているんだろう。

 けれどその恥ずかしそうな表情が、交渉にはしっかりと、役に立ってしまう。


「だから……もし無理なら、断ってくれ。ただ……引き受けてくれたら嬉しい」


「そっ……! そっか……」


「も、もちろん、俺も協力できるところはする。から……頼めない、かな?」


 伏目がちに隠岐くんが言う。


 他の美術部員たちは、みんな息を呑むようにして、ふたりの様子を見守っていた。


 なんだかまるで、告白の返事でも待ってるみたいな雰囲気ね。


 ……。


「……う、うん! いいよ! わかった、やってみる!」


「ほ、本当か。すまない、ありがとう」


 隠岐くんはホッと胸を撫で下ろしてから、後ろにいる私に向けて、嬉しそうに頷いた。


 悪いけど、結果を心配してたのはあなただけよ、隠岐くん。

 あなたにこんなふうに頼まれて、断れる女の子なんてそうそういないんだから。


「じ、じゃあ、どうすればいい?」


「あ、ああ。ひとまず、連絡先を教えてくれ。詳しくは、また話す」


「れ、連絡先……! う、うん……じゃあ、はい」


 そんなやり取りを最後に、私たちは木村さんに挨拶をして、美術室を後にした。

 生徒会室に戻る間、隠岐くんは達成感と疲労感の入り混じったような、微妙な表情をしていた。


「……」


 たしかに、これは私が言い出したことではある。

 目的のための最善手だったろうし、事実、うまくいった。


 ……だけど。


「隠岐くん」


「ん?」


「私とあなたと、木村さん、三人でメッセージグループ作っておいて。連絡はそこで」


「お前もか? べつに、メッセージなら俺ひとりでも問題は――」


「いいから」


「……お、おう」


 ……だけど、やっぱりちょっとだけ、気に入らないわ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 須佐美さんと隠岐くんのお話し待ってました! 全部計算通り、でもやっぱり嫉妬しちゃう須佐美さんがとても可愛いです。 素敵なSSありがとうございます!
[一言] 好きな作品で書籍の続きを読みたいと思っていたのでこういう形で触れることができて良かったです 恋愛恐怖症の作品も好きだったのでまろやか先生のおとなしめの女の子がグイグイくる作品はドストライクな…
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