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亡国の騎士  作者: 黒夢


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バルトロとの模擬戦

評価ありがとうございます。励みになります。仕事がいそがしく、一週間程また空きそうです。

「マスター? ほどほどにしてくださいね?」

「うーん、今日は厄日かな……」


 呆れたような表情を浮かべたシープが、ジト目でバルトロを見据え、ラミはその隣で項垂れている。サラとシュニが対峙したように、訓練場の中心で、両者が向かい合った。先ほどの騒ぎのせいか、チラホラとしか冒険者達の姿は見えない。


「ん? 嬢ちゃんは降ろさなくていいのか?」

「いけるか……?」

「あぅ!」

「がっはっはっ! さすがは【子連れ騎士】ってか」

「いやいや、さすがに危ないって!」


 リーゼの元気な答えに、バルトロは豪快な笑いで了承の意を示すが、ラミが非難するように止めようと間に入ろうとしたが、シープが肩を掴んで抑える。


「ラミちゃん? リーゼちゃんだって立派な冒険者なのよぉ?」

「でも――」

「う!」

「……マスター、怪我させないでね?」

「熱くなったらわかんねぇがな。善処するさ」


 心配そうな顔でラミがリーゼに視線を向けると、サムズアップして笑顔で返すリーゼ。その姿に渋々と了承をするが、その瞳に不安がありありとみて取れた。


「さて、んじゃぁ……」


 バルトロは戦斧を右肩に担ぐと、左手でちょいちょいと掛かってくるように挑発する。


「こいや!」

「ふっ!」

「あぅ!」


 それを合図に、兜を顕現させたトランスは一気に走り寄る。見た目からは想像も出来ない速度に、一瞬バルトロが目を細めるが、慌てた様子もなく堂々と待ち構えている。微動だにしない巨漢に、トランスは顔を顰めるが、初動のアドバンテージを活かすべく戦斧の間合いの内側に入り込む。右手に構えた獣王の牙(ベスティアファング)を胴に目掛けて奮う。一向に振られる様子の無い戦斧に、まさか速度に追いつけなかったのかと疑問さえ浮かんだが、急にトランスの身体が引き寄せられた。


「ぬぉ!?」

「ふん!」


 思わず声を上げたトランスは、剣を振るった手首の内側を掴まれ、一気に引っ張られていた。体勢を崩したトランスの腹部に、バルトロの膝蹴りが突き刺さる。


「ぐ……がぁ!」

「らぁっ!」


 引き寄せられる際に捩じられた手首は悲鳴をあげ、膝蹴りで吹き飛んだトランスは、剣を取り落とす。リーゼは必死にしがみつき、トランスは膝をついた状態で砂ぼこりを上げながら後退した。


「がはっ……がぁ……」

「う…うぅ?」

「いってて、ちょっとずれたか、かってぇなぁ」


 奇しくも対峙したときとほぼ同じ位置になるものの、トランスは跪いた状態であり、バルトロは一歩も動いていない。鎧の壊れた部分を狙われたトランスは、軽い呼吸困難を起こすが、リーゼの心配そうな声に顔を上げ、バルトロを見据える。


「得物ばっかり警戒しすぎだ。ほらよっ」


 獣王の牙(ベスティアファング)を蹴り上げ、トランスの目の前に落とす。装備しようとすれば振れないような重さでも、装備さえしなければ普通の剣と重さは変わらない。特殊な装備と見抜いてのことだった。


「……次は戦斧を振ってやる。きな?」

「ふっふっ……はぁぁぁぁ!」


 無理矢理呼吸を整え、挑発ともとれるバルトロの言葉を聞くとすぐに走り出す。泣く子も黙りそうな笑みを浮かべたバルトロは、両手で戦斧を構え、間合いに入ったトランスに今度こそ振り下ろした。


「……なにっ!?」

「あめぇよ」


 トランスはバルトロの垂直に振り下ろした戦斧を、横に飛び退くことで避けた。そのまま攻撃の硬直を狙い反撃をするつもりだったトランスだが、硬直したのはバルトロだけではなかった。振り下ろした斧が地面に当たると、まるで爆発でも起こしたかのように地面を穿つ。その衝撃は飛び退いたトランスの着地点にまで及び、足場の不安定さによろける。その隙を逃すほど、ギルドマスターは甘くなかった。


「どおおおせぇえぇい!」

「……っ!」


 叩きつけた斧をフルスイングするかのようにして、トランスを真横に弾き出す。斧の平面で吹き飛ばされ、ついでとばかりに穿った土の弾丸がトランスを襲い視界を塞ぐ。思わずたたらを踏んでしまったトランスが、態勢を立て直そうとしていると、ラミの声が響いた。


「危ない!」


 トランスの視界が戻ると、真後ろ、リーゼにあたるギリギリのところで戦斧がぴたりと止まっていた。バルトロの険しい視線と目があうが、数秒の間の後、ふっと力を抜き、戦斧を収めた。


「……まぁ、ここまでにしとくか? 興がそがれちまったな」

「参った。完敗だ。手も足も出なかった」

「う~……」


 バルトロが手をトランスに差し伸べる。負けを認め手を取ると、力強く肩を叩かれた。


「それにしても……はぁっ……」

「ひぇっ」


 ラミが声を上げたので何事かと視線を向けると、シープの後ろに隠れて蒼褪めている。模擬戦中に声をかけるという行為に、バルトロがギロリとでも擬音がつきそうなほどの眼でラミを見ていた。


「とりあえず医務室にいって連れを迎えに行ってやるといい。起きたら俺の部屋で話をするか」

「すまない」

「あぅ」


 トランスはリーゼを背に乗せたまま、サラが運ばれた医務室へとラミについていった。


「マスター? どうしましたぁ?」

「うん?」


 顎に手を当て思案に耽るバルトロに、シープが声をかける。


「いや、何でもねぇ。あいつらが来るまで俺も休むか。あっ、あとでラミに訓練場を整地させとけ」

「……マスターが訓練場を使うといつもこれですからねぇ。まぁ、今回はラミちゃんにも問題ありましたし、わかりました」


 整地の件を伝えに医務室に向かうシープ。バルトロは話題の変更に成功し、思わず独り言ちる。


「びびらねぇどころか、俺の攻撃を見切っていやがった? ありゃぁ本当にガキか? あのまま続けてたら、膝をついてたのは俺だったかもしれねぇな……」


 トランスの背後を取ったそのとき、バルトロは思わず息を呑んでいた。リーゼの蒼く澄んだ瞳が、まるで全てを見据えているかのように、その姿を捉えていたのだ。子供に当たるからと止めたのではなく、歴戦の勘がその攻撃を止めさせた。このまま振れば、()()()あると。

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