本部のギルドマスター
サラが魔法を唱えた瞬間、視界が真っ白に染まる。まるで心まで凍てつかせるような冷気を浴び、本能的に死を覚悟した。音すらも聞こえない真っ白な世界の中心に、突然上空から一本の杖が、突き刺さるかのように衝突した。
「世界の記憶……アクセス……、魔法解除」
まるで脳内に直接響くように声が聞こえ、杖が衝突した地面から波紋のようなものが広がっていく。まるで逆再生のように真っ白な世界が色づき、嘘のように冷気が霧散していった。
「まったく、妙に魔素が濃くなってきたと思ったら、エレメントまで発生しているとはね。半精霊化とは厄介だよ。はぁ……そこの君。職員だろう? 魔力酔いを起こしているのもいるから、早く解散させて休ませてあげたほうがいい」
「えっ、は、はいぃ! ただちにやります!」
いつの間にか杖のところに、目深にフードを被った人物が立っていた。その声色から女性と思われるが、随分と小さい。ラミはその人物から指示を受けると、震えて凍えていたことなどなかったかのように、冒険者達に指示を出し解散させる。シュニはレビンに肩を貸される形で、そそくさと出ていったようだった。
「さて、バルトロ、あとは任せるよ。君は……、またあとでね?」
いつの間にか間近にいたフードの人物は、肩を叩こうとしたのか背伸びをしていたが諦め、トランスの腰のあたりをポンと叩くと出て行ってしまう。声をかけたほうを見ると、筋骨隆々の身の丈程もある戦斧を担いだ男性が、シープと一緒に立っていた。
「おう、シープ。ラミと一緒にあの嬢ちゃんを医務室まで連れてやっとけ」
「はぁい。わかりましたぁ」
気絶したサラを、シープとラミが運んでいく。線が細い女性二人が運ぶことにトランスは心配したが、さすがはギルドの職員というだけあって、軽々と運んでいた。視線を戻すと、無精髭を生やした男が、快活な笑顔を浮かべてトランスに声をかける。
「おぅ、俺がギルドマスターのバルトロだ。だいぶ待たせたみたいですまなかったな。ちょっと迷宮のほうでごたごたがあってな」
「いや、こちらこそ迷惑をかけてしまったみたいだ。すまない」
「あぅあぅあうー」
「がっはっは、冒険者にこうゆうことは日常茶飯事だ、気にすんな! こっちの嬢ちゃんも冒険者だったな。期待してるぜ!」
バルトロはバンバンとトランスの肩を叩き、リーゼの頭をガシガシと豪快に撫でる。リーゼのことも馬鹿にしたり見下したりするような表情はない。トランスとリーゼも、その言葉は本心のように感じた。
「さてっと、バラックの手紙で頼みの件はわかった。シープにゃ探ったほうがいいか聞かれたんだが、俺はそう言うみみっちいのは好かん。単刀直入に聞くぞ。お前さん、ドラゴンと戦ったのか?」
快活な表情から一変。目つきが鋭く険呑な雰囲気に思わずトランスは息を呑む。その視線を真っ直ぐに見つめ返し、隠すことは得策ではないと数秒の間を置いて答えた。
「あぁ……、幼体だったようだがな」
「そうか……。がっははは! 面白れぇなぁ! よくぞ生き残った! ギルドはお前さんたちみたいなのを歓迎するぞ! ところで素材とかはあるか?」
「いや、色々あって形も残らなかった。すまない」
「かぁ~、惜しいが仕方ないか。命あってなんぼだからな。がっははははは」
トランスの返事に視線はすぐに軟化し、本当に嬉しそうに声を上げる。一瞬緊張したトランスとリーゼだったが、隠し立てしない真っ直ぐな性格に好感を抱いた。
「ところでトランスよ。バラックからの頼みだから、融通することはいいんだが……。一つ頼まれちゃくれねぇか?」
「む……? 俺にできることであればだが……」
「あーうー?」
その返事ににやりと口角を上げると、嬉しそうに戦斧を担ぎ上げた。
「俺と模擬戦をしてくれ。ドラゴンと戦って生き残ったお前さんの力。見せて見ろ」
まるで獲物を狙うかのように、歯をむき出して笑うバルトロ。医務室にサラを運んで戻ってきたシープとラミは、顔を見合わせてやれやれと肩を竦めていた。




