鈍魔と呼ばれた魔法使い
「なぁ、サラちゃんさぁ。俺の嫁になってくれないか? 家を守ってくれさえすればいいから」
「えっ?」
かつて鈍魔と陰で囁かれていたことを、サラは自覚していた。たかが数秒、されどその数秒は、命のやりとりをする冒険者にとっては重い。強力な魔法になればなるほど構築には時間を要する。それでもパーティーを組んでくれる仲間には感謝し、魔法の訓練を欠かすことはなかった。
「必ず帰ってくるからさ、いつかできる子供と一緒に、俺の帰りを待っててくれると嬉しいんだ」
「あの……それって……」
「だめ…かな?」
魔法の訓練をしているときに、よく声をかけてくれる男だった。それは紛れもなくプロポーズ。ただの一般市民であればその申し出に諸手を上げて喜んだかもしれない。しかし、サラの努力を知っていてなお、その言葉を告げられたことは、彼女にとってショックでしかなかった。
「それって……」
「パーティーは心配しなくていいから」
死刑宣告。彼女にはそうとしか聞こえなかった。冒険者としては役に立たない。足手まとい。お荷物。がんがんと頭の中に響いてくるのは、直接言われた訳ではないものの、自身を攻めるコンプレックスであった。
「ごめん……なさい」
「えっ!……あはは、そっかそっか。だよなー」
自分でも思いがけず溢れて来た涙。信頼してくれていると思っていたパーティーメンバーだったからこそ、その事実は彼女を打ちのめした。とりわけ彼女を追い詰めたのは、その後のギルドに飛び交う噂だった。恥をかきたくなかったのだろう。その男性が酒癖が悪いのは仲間内では有名だった。振られたことを吹っ切る為だか知らないが、飲んだ席でサラのことを卑下した言葉は、色恋沙汰の少ない冒険者には格好のいい話のタネだったのだろう。
曰く男性をたぶらかしてパーティーに寄生している。その美貌を利用して男に貢がせている。自分の魔法の腕を棚に上げ、パーティーの危険を増やす恥知らず。
ある程度割り切れる冒険者であれば、鼻で笑ってあしらえたかもしれない。しかし、信頼していたパーティーからすぐに解消の打診を受け、ショックから立ち直れていない彼女を打ちのめすのには十分だった。ことさら彼女の境遇が、他の女性冒険者からはあまり面白く思われていなかったことが拍車をかけた。不憫に思った父の知り合いであるギルドマスターに、ギルド職員として雇用を持ち掛けられ、生活のために雇われたものの、フロアから聞こえてくる噂は彼女を精神的に追い詰めたのだった。
「そんな……嘘よ!」
今サラの目の前で、噂をばらまき、目の敵にしていた筆頭であるシュニが喚き散らしている。氷系の魔法を好んで使うことは周知の事実であり、お稽古と称してボロボロにされたこともある。手も足も出ず散々だった記憶しかないが、サラは今冷静に彼女のことを分析していた。
「一瞬止めようか迷ったけど。サラっちやるね~」
「シュニの魔法をあそこまで一方的に……」
「あうあう!」
レビンが驚愕の表情で目を剥き、ラミは冷や汗をかきながら状況の把握に努めている。リーゼは当然とばかりに得意げだ。
「属性というより熱魔法の応用とは恐れいるね。あえて氷魔法で迎撃するのは意趣返しかな~? サラっちかな~り怒ってるね。誰かさんのためかな?」
「熱魔法?」
「……少しは反応して欲しいもんだけど。ほら、周囲をよーく見てごらん」
「ふむ?」
トランスがジッと目を凝らす。サラは頬が上気し汗をかき、周囲と、特に上空に関しては空気に靄のようなものがかかっている。シュニががむしゃらに放つ氷魔法は更に砕かれ、キラキラと光が氷の破片に反射している。
「……陽炎? ……温度を上げたのか?」
「ぴんぽ~ん。アイスセイバーなんてあの上空の熱の塊に触れた瞬間、先から溶けて消えてるからね。切り札を知っていたから、最初から念入りに上空は用意してたんだろうね。あの周囲を囲った熱の層が氷魔法を溶かして威力を減衰させてるみたいよ。魔法で発生した氷が自然に溶けだすなんてほとんどないからね。後出しだと威力が劣るけどそれを補ってる」
「なっ! それは卑怯じゃないか!」
「……レビンさん? 相手の情報を活かすのも力だし、あれだって生半可なことじゃないよ? 膨大な魔力がないと出来ない事だし……」
サラは鈍魔と呼ばれていた所以は、魔法の構築の遅さであった。だからこそサラは気付く。魔法には、構築から動作までに若干のラグがあることを。丁寧に丁寧に行わなければいけないサラだからこそ気づく。物体を発生させてから、動作を指定し向かわせるという普通の魔法使いなら一息で行えることを、サラは意識して行わなければいけなかった。シュニがアイスバレットを相手に向けて放つという工程を、サラは、氷の弾丸を指定したポイントに発生させ、軌道を設定し、放つという認識で行っていた。シュニの魔法が発生した軌道上に魔法を置き、それを阻害するということに特化させたサラの魔法は、歴戦のシュニの氷魔法を徹底的に防いだ。氷魔法に対する習熟に対するアドバンテージさえ、フィールドを支配することで克服したのだ。
「――っ、フロストダイバー!」
「さすがシュニ! 気づいたみたいだな! 熱は上に上がる、地面からの攻撃は防ぎ難い!」
「フロスト……ダイバー」
「なっ!」
異常に気付いたシュニは状況を理解。レビンの言った通り、空気中と比べれば温度が低く、広範囲に氷柱を発生させるフロストダイバーは効果的と思えた。しかし、シュニはその結果に驚きの声を上げる。相殺ですらなく、シュニのフロストダイバーを飲み込むようにしてサラのフロストダイバーが真横を通り抜けていったのだ。
「そん、な、私の魔法……が!」
先ほどまでシュニ魔法をサラが相殺していたことすら驚きだったのだが、押し返しはじめたのだ。次々と相殺どころか威力で勝り、ぶつかり合いによって照準が定まらないものの、シュニの周囲に飛び交い傷を負わせていく。にわかに周囲がざわつきだすなか、トランスだけはサラの異変に気付いていた。
「まずいな……」
サラの髪色が、先から徐々に青く変色し始めていたのだ。もともと氷魔法を得意としたシュニが乱発していることに加え、サラも迎撃として氷魔法を選択していた。空気中に霧散した氷属性の魔素が訓練場を満たし、急速に吸収するサラに変調をきたす。ラミにとめてもらおうと視線を向けると、思わずトランスは絶句する。
「う……なに……こ……れ……」
「しっかりしろ! これは……!」
ラミはガタガタと身体を震わせ、か細い声を上げる。レビンに至ってはいつの間にか身体を丸めうずくまり震えていた。周囲を見渡せば、訓練場内の異様な冷気に唇を蒼くし、身体を抱きしめるように震える冒険者達で溢れている。トランスとリーゼに至っては、その装備の効果により反応が遅れたのだった。サラの髪の色が完全に青く変わり、周囲に雪の結晶のような浮遊物が浮き始める。
「あ……やめ……死にたく……ない……」
感情の抜け落ちたサラの眼に射抜かれ、満身創痍のシュニは尻餅をついた状態で後ずさりしている。
「サラ! やめろ!」
「あうーうー!」
トランスとリーゼが叫んで飛び出すが、ゆっくりとサラが手のひらを向け、抑揚のない冷たい声が響いた。
「超過魔法……絶対零度の氷獄世界」
自身の魔力は自身の魔法を阻害しにくいという特性があります。
熟練度的にシュニのほうが氷魔法は圧倒的に得意ですが、フィールドを制して補った形になります。
トランス達は鎧とマントの効果で冷気に対して耐性あるため、急激な温度の変化に気づきませんでした。ある意味弊害ですね。




