鈍魔と呼ばれる魔法使い
「おいおい、いきなりそれはないじゃないか? 久しぶりにあったんだからさ。ちゃんと名前で呼んであげるべきだよ。シュニ」
「こんな女は鈍魔で十分よ。逃げ返ったと思ったのに、今度は男漁りでもしてきたの?」
「まったくシュニは……。ごめんねサラちゃん。俺の顔に免じて許してよ。ねっ?」
レビンは申し訳なさそうに軽く頭を下げるが、全く誠意を感じられない。自分が謝ったんだからこれで終わりといわんばかりの強引な打ち切り方に、トランスは怒りを通り越し、得体の知れないものを見ているような気分になっていた。シュニに睨まれたサラは、俯いてしまい表情を窺う事さえできない。
「男どもに愛想振ってもだめで、ギルドに逃げたと思ったら実家に戻ったっていうじゃない? 挙句の果てに、こんなボロボロの鎧を着た、騎士もどきの男をひっかけてお姫様きどりかしら? どうせ見た目だけの――」
「――てください……」
「はっ?」
「――訂正してください!」
言いたい放題言っていたシュニ言葉を遮るように、ギルド内に響く程の声でサラが激昂する。気持ちよさげに罵倒をしていたシュニが思わず目を見開き固まるほどであった。
「トランスさんは……騎士もどきなんかじゃありません!」
「ぬ?」
「あぅ?」
怒りの思わぬ矛先にトランスまで面食らい、リーゼと顔を見合わせる。一瞬の静寂がギルド内を包むが、サラの優しさにトランスとリーゼは顔を綻ばせた。しかし、その光景と状況が気に入らず、青筋を立ててシュニは睨み返す。
「どこまでも良い子ちゃんぶって! いいわ。久々にお稽古してあげる。ラミだっけ? 訓練場借りるわよ! 来なさい鈍魔!」
「おいおい……。はぁ、シュニったら仕方ないなぁ。ほどほどにしてあげるんだよ?」
やれやれと肩を竦めたレビンが、ずかずかとギルドの奥に向かうシュニの後をついていく。他の冒険者たちもこの騒ぎにざわざわとギルド内が騒がしくなっていく。
「……あー。サラっち? どうする? 相手は銀級。あからさまな可愛がりだし、ギルドとしてはどっちかが引き下がってくれたら仲裁に入るけど?」
「……ふー。ふー」
「サラ? 大丈夫か? こんなことを受ける必要はないんだぞ?」
「あーうー」
格上な魔法使いであるシュニに対して、確かに【鈍魔】と一部では揶揄されていた鉄級冒険者のサラ。分が悪すぎる状況に、ラミは悲惨な結果を思い浮かべ思わず助け船を出す。ただ、暗にサラのほうが引き下がってくれと言っているようなものだった。呼吸を整えるサラに、心配そうにトランスとリーゼが声をかけるが、その瞳には覚悟が宿っていた。
「大丈夫です。トランスさんを馬鹿にしたことは許せません。それに私はもう……【鈍魔】なんかじゃない」
決意を秘めたサラの言葉に、ラミはため息を一つつくと、訓練場へとトランス達を案内するのだった。
「へぇ? 逃げずに来たんだ? わざわざ逃げるだけの時間をあげたのに?」
「もう私は……逃げません!」
円形の広場のような訓練場に、サラとシュニが対峙する。ラミが先に訓練していた冒険者達に事情を話すと、それを取り囲むようにして冒険者達が観客となる。
「審判はギルド受付のラミが行います。お互いに命を奪うような行為だけはやめること。こちらが危ないと判断したらとめるから?」
「ただのお稽古なのにね。お優しいこと」
冒険者同士の決闘は、ギルド職員が立ち会うことになっている。これは、無為に優秀な冒険者を失わないための措置である。通常訓練であればこういったことはないが、シュニの様子から痛ぶりのようなことが起こらないか危惧したラミが、決闘という形をとったようだった。意図を察したシュニは舌打ちをして悪態をつく。見た目だけなら美人なだけに、余計に冷たい印象を受ける。
「はじめっ!」
垂直に立てた手を、ラミが振り下ろすと、すかさず杖をサラに向け、シュニが魔法を放つ。
「まっ、これで終わりよね。アイスバレット」
魔法使い同士の戦いでは、お互いに魔法が効きづらく効果が薄い。魔法使いは魔力の鎧を纏うことにより、まず削れるのは魔力となるからだ。ただし、衝撃などはそのまま受けるため、シュニは推進力のある魔法をぶつけ、一方的に勝利をする魂胆であった。一部で【鈍魔】と揶揄されたサラは、その不名誉な二つ名の通り、魔法の構築が遅い。実際に昔、シュニによってサラは散々に甚振られたことがある。シュニの頭には、その時の光景が目の前で再現されるとしか思っていなかった。
「……アイスバレット」
「なっ!?」
発生した無数の氷弾が飛び出し、両者間でぶつかり合う。後出しだというのに寸分違わぬ精密な迎撃によりアイスニードルは相殺された。氷の粒子に光が反射しキラキラと舞う。
「くっ……、アイシクルランス!」
「アイシクルランス」
速度でだめなら威力をと、構築できるギリギリの大きな尖った氷柱を創り出し、射出する。ありったけの魔力を込めたはずの氷の槍は、又も相殺され砕け散った。
「な、なんでよ! こんなのおかしいじゃない!」
想定しえなかった事態にシュニは狼狽えるが、その場から走り出し距離を詰める。走りながらもアイスバレットを放って牽制はやめないが、次々と叩き落とされていく。効果がなかったことに驚愕しつつも足を止めなかったのは、さすがは銀級冒険者といったところだろう。しかし、その姿は、鈍魔と言われた所以である、魔法構築の遅さに執着しているようにも見えた。サラはその動きを、その場から動かずじっと見つめている。
「はぁぁぁ、アイスブレード!」
シュニの上段に構えた杖に氷が纏わりつき、巨大な氷の大剣となる。常人では振る事さえできない氷の大剣を、発生させた位置から重さに任せたままサラへと叩きつける。
「これで終わりよ……!」
最初の余裕のあった表情は影を潜め、祈るかのような声で氷刃を叩きつけた場所を見つめるシュニ。
怯えて尻餅でもついていれば、それで自身の勝ちとしようと勝手な考えさえ巡らせていた。
「そ、そんな……嘘よ……」
訓練場の土埃が、一陣の風によって晴れた先には、その場から動いてさえいないサラの姿があった。




