肥やし依頼
一時間程待っただろうか、途中依頼の取り合いが起こったり、級に見合わない依頼を受けようとした冒険者が諫められたりなどあったが、人の波はひきギルドへ静寂が戻る。トランスが受付嬢に目をやると、涼し気な顔をしているが汗だくになっていたり、ぐったりとカウンターに伏せていたりする。これが毎日だというのは頭がさがると人知れず思いつつ、クエストボードまで行き、依頼を見渡した。ちょっと嫌そうな顔をした受付嬢がいるのは、あの状態を知っていれば咎められはしないだろう。
「あの人だかりの割には結構残っているな?」
「まぁ、あくまで第一波です。これからゆっくり来る人達もいますし、依頼の数のほうが圧倒的に多いですから」
「あう~う~?」
「うん? どうしたリーゼ?」
クエストボードを眺めていると、くすんだ色の依頼書の方をリーゼが指さす。その他の依頼書は真新しい物が多かっただけに、リーゼの気を引いたようだった。
「あぁ、それは――」
「肥やし依頼ですね」
「うん? シープ……? 受付はいいのか?」
説明しようとしたサラの言葉を遮るようにして、いつの間にか近づいていたシープが説明を始める。先ほどの熱気からか、火照った身体を冷ますように、服の胸元をひっぱり、もう片方の手で仰いでいる。豊かな胸の谷間に流れ込む汗が妙に色香を放っている。
「肥やし? なるほど、あまり受ける者がいないのか」
「あら~……、ふふ、落ち着いたからいいんですよ。それにサラちゃん? 受付嬢の仕事を取っちゃだめでしょぉ?」
「シープったら……、はぁ、わかりました」
ジト目でシープの行為をサラが咎めるが、トランスの淡白な対応と、シープの言っていることは正論であり説明をシープに明け渡す。トランスの反応をみたシープはすぐにたたずまいを直したようだ。
「内容が内容ですからね。側溝のヘドロ掃除や買い物代行、庭の草むしり、お年寄りの話し相手や肩たたき。孤児院の子供の相手や畑仕事の手伝いなどです。依頼料がすごく安いうえに結構重労働だったり、冒険者がやることなのかってことがあって、残っちゃうんですよ~」
「ふむ、子供達などがやったりはしないのか?」
比較的簡単なお手伝い感覚の仕事であっても、リーゼのような小さな子供にとっては大切な依頼になる。トランスはそう考え、なぜやるものが少ないのか疑問をぶつけた。
「え~と、あったあった。これを見てください」
「む、……魔石の納入?」
常設依頼の依頼書をシープが指さし、トランスが内容を見て首を傾げる。
「ここ王都ホワイトクラウンには迷宮があるのをご存知でしょうか?」
「あぁ、耳にはした」
「浅い階層には弱い魔物もいますので、冒険者になるような子たちはそちらに行ってしまうんですよ~。本当はこうゆう依頼の方こそ大切にしてもらいたいんですけどねぇ」
憂いるような表情で肥やし依頼を見てため息をつくシープ。迷宮で現れる魔物は等しく倒すことで魔石という魔力の塊を落とすのだという。わざわざ泥臭い仕事をするよりも、冒険らしい冒険を行い、手っ取り早くお金を稼ぎたいというのはある意味冒険者らしい考えであろう。
「あーう! あーう!」
「ふむ……、そうだな……。サラ、依頼を受けたいがいいだろうか?」
「えっ? ふふっ、大丈夫ですよ」
リーゼがトランスの身体を揺するようにしながら依頼書を指さす。思案気にしていたトランスであるが、申し訳なさそうにサラに声をかけると、仕方がないといった表情でそれに答えた。
「この依頼達、俺達が承った」
「あぅー!」
元々ギルトというものは、地域に根付いたものであった。何でも屋と呼ばれたこともあったし、地方へと行けばギルドというのは未だにそうゆう扱いである場合も多い。自分たちの生活を守るために働く民間にとっては、とても助かるものであり、身近なものであった。しかし、魔物の脅威や、迷宮といったものの出現により、名誉や称賛、目に見えた利益を追い求めるようになり、遠い存在となっていったのだった。いつしかギルドは頼れる何でも屋から、余所者の集まり、無法者の住処などと市井では囁かれる。そんな現状とは露知らず、トランス達は、肥やし依頼を積極的に受けることにしたのだった。




