呪い
バラックが、少し思案顔をしたかと思うと、サラに声をかけた。
「サラ、リーゼちゃんの身体を拭いて、お古の服でも出してやりなさい。自浄作用があるといっても、中の服がボロボロでは仕方ないだろう」
「うん、わかった。リーゼちゃん、お姉さんと一緒にちょっときてくれる?」
「うー……」
背中越しに不安そうな声が聞こえ、トランスは後ろ手に頭を撫で、諭すように声をかけた。
「大丈夫だ。いなくなったりはしない。行ってくるといい」
リーゼはしぶしぶと言った様子で降りると、マントはリーゼの体格にあった形状に戻る。サラと一緒に、部屋を出ていくのを見送ると、バラックは話始めた。
「さて、ちょっとだけリーゼちゃんのことでいいかな?」
「なんだ?」
トランスは、わざわざ話を聞かせないように気遣ったバラックに、あまりいい話ではないことを察した。
「彼女が孤児だったことは知っているね?」
「あぁ、ギルドで会ったからな」
「ここは辺境の辺境でね。そもそも孤児なんているほうが珍しいんだよ」
「珍しいといっても、いることはいたんだろう?」
「何かが原因で親を失ったりしても、助け合いで誰かが育てたりするものでね。田舎らしいといえば田舎らしいんだよ」
「しかし……」
リーゼに関しては、どう考えても非協力的に見えた。始めに見た不安げな瞳は、何かを諦めていた自分と通ずるものがあったように思える。
「君の言いたいことはわかるよ。サラぐらいしか手を貸したりしなかった。いや、サラですらそれぐらいしかしなかった。むしろ、色々とひどいことを冒険者たちはしていたようだ」
「どうゆうことなんだ?」
「みすぼらしい姿だろうが、小さな子供がいたら手を貸すのがこの街だ。しかし、嫌悪感すら感じていたのだよ。忌まわしいことにね。あれは呪いの類だ」
「確証は?」
「こんなところに孤児がいることがおかしいこと。外傷もないのに全く喋れなかったこと。意味もなく感じていた嫌悪感。そしてあのマントを得たことで、その嫌悪感が一気になくなったことだ。喋れないことは精神的なものかとも思ったが、そうでない可能性が高い。鑑定結果で反射が、微々たるものであるが、常に働いている様子だった」
バラック曰く、反射は、悪意のある攻撃を反射するものであるらしい。現状も呪いを跳ね返し続けているようだ。
「人工遺物ですら返し切れない呪いなんて、尋常ではない。死を与える呪いよりも、悪意を受けやすくして不幸を誘発し、死に向かわせるなんて、相当底意地の悪い奴がかけた呪いだろうね」
「違いないな。しかし、何故サラだけ別個に見た?」
「魔力の高い者であれば、呪いの効果が薄まるようだったみたいだ。ここには魔法使いなんてほとんどいないからね。なんの違和感もなくひどいことをしてしまっていたなんて、ゾっとするよ。君はその鎧のおかげで効果が薄れていたのかな? それにしても、お人よしだとは思うけどね」
バラックが肩をすくめてトランスを一瞥した。自暴自棄に行った行動を言われ、少し気恥ずかしい思いがして、トランスは顔を反らした。
「君はリーゼちゃんと一緒にいるつもりなんだろう?」
「あぁ、リーゼが嫌がらなければな」
「ははは、それは心配いらなそうだけどね。これからどうするつもりなんだい?」
「俺自身に目的がないからな。リーゼの呪いでも解いてやれたらいいのだが」
「それなら、お願いがあるんだけど、いいかな?」
「俺にできることであれば」
魔物を倒したとはいえ、成り行きで倒したにすぎず、十分すぎる待遇を受けた手前、トランスは力になれることがあれば恩義に報いたいと考えていた。
「娘のサラを王都に連れていって欲しいんだ。元々は王都のギルドで冒険者をしていたんだが、妻が体調を崩したから戻ってきてもらっていたんだよ。もう戻っても大丈夫だろうからね。強力なモンスターが出る可能性があるのなら、魔法使いであるサラには強力な前衛がいると安心だ」
「もう奥方の体調はいいのか?」
「いや、もう亡くなったよ……。いつまでも娘をここに引き留めて置くわけにはいかないからね。未来ある若者には、この辺境は気の毒だ」
「……すまない」
「いやいや、気にしないでくれ。幸せだったんだから。それに、王都のギルドならもっと正確な鑑定も出来るだろうし、呪いに関する手がかりもあるかもしれない」
「重ね重ね感謝する」
「ははは、感謝するのはこっちだ。もうしばらくしたら行商がくるだろうから、護衛依頼を受けつつ王都方面に向かうといい。それと、サラのことでもう一つお願いしたいことがあるんだが……」
トランスは、数日後にくる行商と一緒に、王都方面に向かうことになった。それまでの間、ギルドの宿舎を使わせてもらうことになり、ゆっくりと身体を休めるのだった。