巣立ちの鳥籠
ユニーク1500突破しました! 地味に続けていきたいと思います。よろしくお願いします!
ギルドから離れたトランス達は、ベックの後ろをついていくと、徐々に人気の少ない通りに入っていく。相変わらずリーゼはキョロキョロと周囲に興味深々だ。時々トランスの鎧姿に怪訝そうな表情を浮かべる者もいるが、その背に背負ったリーゼの姿を見て軽く手を振り笑顔を向ける者もいた。
「っと、ここだここだ。ちょっと見た目はあれだが、値段の割に料理が上手いから安心してくれよ」
「……巣立ちの鳥籠?」
「こんなところに宿があったんですねぇ」
「うっうー!」
年季の入った装いの小ぢんまりとした宿を見上げ、文字が掠れた看板を見上げトランスが読み上げる。鳥の巣のようなものから、今から飛び立たんとする鳥の絵が特徴的だ。ぎぃぎぃと木が軋む音を立てながら、宿の扉を開けベックが入っていく。
「よっ、女将さん又泊まり頼むわ。後、客連れて来たから少しまけてくれ」
「おっ! 帰ってきたんだね。怪我はないかい? それにあんたが客連れてくるなんて珍しいじゃないか? チータ! チータ! ベックが帰ってきたよ!」
「えっ! ほんと! 遅いわよ! 心配したんだ――ひっ!」
ベックがカウンターにいた恰幅の良い女性に話しかけると、大声で呼ばれたチータという華奢な女性が大慌てで入り口まで走ってくる。花が咲いたかのような笑顔で話しかけようとするが、並んで入ったトランスの鎧を見て、顔を蒼褪め女将と呼ばれた女性の後ろに隠れてしまった。
「なっ! ベックあんた!」
「違う、違うって! トランスさんは大丈夫だ! リゼットさん! 安心してくれよ? なっ?」
「あっ……あっ……」
「これは、出直すか?」
「なんだかあまりいい雰囲気じゃないですね……」
トランスを見るなりぽろぽろと涙を流すチータという女性に、トランスとサラは戸惑いを隠せない。更にそれに拍車をかけるように、宿泊客と思われる冒険者達が席を立ち、ギラギラと殺気立った目でこちらを見ているのだ。自分が招かれざる客である様子を感じとったトランスは、店を出ようと少し後ずさると、背からリーゼが降り立ち、涙を流しながらリゼットと呼ばれた女将にしがみつくチータに走り寄っていった。険呑な雰囲気の場に、場違いな小走りな音が響く。
「あっあううう、ううう、あぅ、あぅ、あっ!」
「リーゼちゃん?」
「な、なんだいこの子は?」
チータの服の裾を掴み、必死に何かを訴えるリーゼ。サラは心配そうに、リゼットは困惑の表情をしながらチータを支えている。
「ううぅぅ、はううぅ、あぅ、あぅ!」
「えっ? なに? なんなの?」
ぐぃぐぃとチータの服をひっぱり、トランスの方を指さすリーゼ。徐々にその訴えは必死な様相となり、次第に澄み切った青い瞳に涙が溜まっていく。自分よりもはるかに小さい子供が何かを伝えようと泣き出しそうにしている姿に、怯えて縮こまっていたはずのチータは、恐怖よりも困惑が勝り、徐々に冷静さを取り戻していった。周囲の冒険者もいつの間にかオロオロしている始末だ。
「何か嫌な思いをさせてしまったのであれば謝ろう。俺には貴方達を害しようという意思はない。希望とあれば目の前から姿を消そう。リーゼ、行こう」
「はぅぅ……」
リーゼの行動によって静まり返っていたところに、トランスの謝罪の声が響く。腰を落とし、片膝をつきながらリーゼに手を差し出すと、トボトボとリーゼがトランスのところに戻る。優しく撫でるように頬の涙を手で拭うと、抱き上げ、チータ達から背を向け歩き出した。
「待ちな!」
宿を後にしようとしたトランスの背に、芯のこもった力強い声が待ったをかける。
「はぁ……。嫌な気分にさせちまって悪かったね。あんな小さな子があそこまで信頼しているんだ。問題ないだろう。勝手に騒いで客を帰らせるなんて最悪さね。今日の費用は無料でいいから泊っていきな。チータ! 看板娘がそれでどうすんだい! 客を案内しな!」
「ひぁ! はいっ!」
「お、おぉ、悪いなぁ」
「ベック! 一言先に話しぐらいつけとくのが筋ってもんだろ! あんたはしばらく便所掃除だ!」
「へいへい……」
トランス達が置いてきぼりで話しが進み、距離はあるものの持ち直したチータに案内され、トランスに一室、リーゼとサラで一室と宿をとることになったのだった。無論、トランスはベッドに足を乗せるだけで盛大に軋み、部屋の角で体育座りをするように寝るようになったのは余談である。
他の客は夕飯を食べ終えたようで、ほとんど部屋に戻っており食堂はガラガラになっている。先ほどのごたごたで遅めの夕飯をとることになったトランス達は、話を聞くことになったのだった。ベックは便所掃除中である。
「さっきは悪かったね。うちのチータが取り乱しちまって」
「ごめんなさい……」
「あう、うぅ?」
「こちらは問題はない。尋常ではない様子だったが。大丈夫か?」
「何か理由がありそうですが……、聞かせていただけるんですか?」
「ははは、関係のないだろうあんたたちが一番の被害者だろうに、優しいんだねぇ」
誤解は解けた様子ではあるが、リゼットの服にしがみつくように謝るチータは具合が悪そうにさえ見える。
「ここの騎士は腐っててね。貴族には尻尾振ってるくせにあたしら平民には傲慢なのさ。チータはその騎士に酷い目にあわされそうに……いや、あったんだけどね。ベックに助けられたんだよ」
粛々と話すリゼットの言葉に、チータは俯いている。
「その……、その人が嫌いだったり、するわけじゃないの。ただ、怖かったの。ごめんね?」
「うっうー!」
「許してくれるの?」
「あぅ!」
「ありがとう……」
うつむきがちな視線でトランスを示し、続いてリーゼに向けて謝るチータに対して、リーゼが笑顔を向ける。和らいだ空気に思わず他の三人も自然と笑顔になっていた。
「ま、あのベックが連れてきたぐらいだから大丈夫だろうと思ったけどね」
「ベックさんが連れてくるとなんでそんなに大丈夫なんですか?」
「なんだいあんた。ベックの市井の二つ名を知らないのかい?」
「あはは……、冒険者としてもギルド職員としてもあまり活動していなかったので……」
「そうかい、ここいらでは有名だよ。【騎士嫌い】のベックってさ」
リゼットの言葉に、サラとトランスは思わず顔を見合わせ、ベックが掃除しているトイレの方に視線を向ける。そんなことは露とも知らないベックの声が、トイレで響き渡っていた。
「ぶわぁ、くっせぇ! 誰だよこんなところにした奴は! 自分で片付けろや!」




