閑話 森の中の悪魔さん
シルヴィスの後日譚です。
「いってらっしゃーい」
ここはサザンイースとハガイの間に広がる森の中。たくさんの子供達に見送られ、ドラゴンの鱗が見え隠れする皮膚をローブで隠し、手を振りつつ歩き出す人物が一人。
「あぁ、いってくる。良い子にしているんだぞ」
その足取りは、かつて自分の道に悩み、足踏みをしていた女性とは思えないほど軽い。感情に左右され動いてしまった尻尾をいそいそとひっこめ、かつての騎士シルヴィスは森の中へと歩き出した。
「さてと、今日はこっちのほうへと行ってみるか」
プラチナブロンドの髪を陽光が照らし、キラキラと煌めく。元々美しかった髪は、生まれ変わった影響か、特に手入れをしなくてもサラサラとした髪質を保ち、リリアからは羨ましがられている。小さいとはいえ生えたドラゴンの角を見ると、痛ましい表情をするが、お互いに戒めだと思い言葉にするのは控えていた。
「しかし、獣人の村に、猪に守られた集落か。諍いなく済むといいのだが」
リリアとシルヴィスは、ドラゴンの生贄に子供達が使われていることを知ってから、秘密裏に脱出の手引きをし、人の手の入っていない森の中に小さな集落を形成していた。
そこでは子供達が協力して生活をしており、リリアやシルヴィスが訪れ援助していたのだ。いくら秘密裏にしているとはいえ、子供達だけな上に、サザンイースの近くでは見つかるのは時間の問題と考えていた。今はシルヴィスという戦力が常駐しているものの、食料を得るため狩りをしたり、街での情勢を確認するためには離れなければいけないこともある。トランスより集落や村があることを聞いたシルヴィスは、どうにか合流、悪くても協力体制を敷くことが出来ないかと探し歩いていたのだった。
とはいえ、あまり遠くへは離れられないし、ざっくりとしたことしか聞いていなかった。探索距離や方向を伸ばし、少しづつ探すことを繰り返していたのだ。
「ふっ! ……おっと」
木の陰から襲い掛かってきたフォレストエイプを、一刀のもとに切り伏せ、大きな蜘蛛の魔物であるフォレストスパイダーを反射的に尻尾で叩き潰した。保護色のような形で隠れていたが、ドラゴニュートとなることで鋭敏となったシルヴィスには何の問題にもならない。意図せず尻尾で叩き潰してしまい、嫌そうに地面に擦りつけて拭いているのは、未だにコントロールしきれていない証拠ではあるが。
「うん? あれは……こんなところに騎士が?」
森の中を進んでいると、常人であれば視界に入らないであろう距離ではあるが、木々の隙間から甲冑姿の騎士が目に入った。気配を殺しながら、よく見える位置へと近づいていく。
「街の騎士ではないな……。あの無駄な装飾は……、貴族か。厄介だな。なんでこんなところに。しかし、様子がおかしい?」
感覚を研ぎ澄ますと、無駄に豪華な甲冑を着た騎士がいきりたっており、その隣には妙に怯えた様子の護衛と思われる騎士が周囲を窺いながら、地面に女性を抑えつけている。思わず騎士に斬りかかりそうになるが、感情を抑え、様子を探る。貴族とはそれだけ厄介な相手だ。下手に刺激すれば、子供達にまで被害が及んでしまう。
「言え! このあたりにあるんだろう! そうすれば殺さないでおいてやる!」
「……言わない。わたしたちは……仲間……売らない」
「は、早く言え! 俺はこんなところにいたくないんだ!」
妙にオドオドとしている護衛の騎士は、いきりたつ貴族より声を荒げ、命令というより懇願しているように見える。視線を女性へと移すと、人族にはない羽毛が腕に生えていることが確認できる。探していた獣人が見つかったものの、この出会い方には思わずため息をつきそうになるシルヴィスであった。
「……、おい貴様。いつまでびくびくしている。悪魔などいるわけないだろう! 鳥人なんて目的じゃないんだよ。あの方が好きなのは獣耳のほうだ! 早く集落の位置を聞き出せ!」
「お、俺はもう来たくなかったんだよ! いるんだ。あいつがきたら俺が……うぅ……」
「……くるよ。あの人……お前たちを……許しはしない」
「ひ、ひぃいぃ」
怯えながらも最低限の役目は果たしているようで、鳥人の脅しに怯むものの、しっかりと抑えつけている。鳥人は何かが頭によぎったのか、本当なのかはしらないが、話を合わせている様子だ。どうしようかと頭を悩ませていると、貴族が動き出した。
「……しっかりと抑えておけ。こうゆうやつは身体に教えてやらないとだめだ。痛めつけても平然としているタイプだろうな。だから……」
カチャカチャとズボンを降ろすと、抑えつけた女性に覆い被さろうとしている。その時シルヴィスは見た。決意の表情で舌を噛み切ろうとしている鳥人族を。懐へと手を伸ばすと、迷うことなく飛び出し、貴族を尻尾で弾き飛ばし、抑えつけていた騎士を剣の腹で吹き飛ばす。華奢な身体からは想像できないような力で、凶行を働いていた男たちは木々へと叩きつけられた。その光景を、驚愕の表情で鳥人の少女は見つめていた。
「う、うわあああ! あああああ!」
「な、なんだお前は! おいっ! 取り乱すな! さっさと斬れ!」
その姿を見て、護衛の騎士は顔面を蒼白にして叫んでいた。震える手でシルヴィスを指さし、掠れるような声で口にした。
「あ、悪魔――」
憤怒から殺気をまき散らし、全てを睨み殺さんとしているかのような仮面に白目を剥く。意識があるうちに見た最後の光景は、仮面からはみだすように頭から突き出た角と、ローブからうねる尻尾。吐きだされた炎で股間を焼かれる貴族の姿だった。
逃げ返った騎士の1人が、無理やり道案内に連れてこられていました。
汚物は焼却だ!




