リーゼのマント
「これは困ったな……」
バラックが少女を見やり、唸る。すでに目を覚ました少女は、少しおどおどとしながら、マントを握りしめている。黒ずんでボロボロだったとは思えないほど、マントは光沢のある暗濃色の赤色だ。自浄作用が働いているようだ。
「何か問題が?」
唸るバラックにトランスが尋ねる。
「元々の状態から推測するに、このマントはこの子を所有者として認めたようだ。最適化されているだろう?」
「マントっていうよりローブとかポンチョっていう感じですよね」
マントの中心の穴が空いていた部分に、顔を通して渡したはずだが、まるで縫い直したかのように綺麗に整っている。サイズも体格に合わせて調整されたように見える。
「こういった人工遺物は、使い手を選ぶことがあるらしい。鑑定結果を良く見てみたんだが、慈悲のマント<リーゼのマント>と出ている。この子の名前ではないかな?」
「お前の名前はリーゼというのか?」
「うーうー!」
トランスが少女に尋ねると、嬉しそうにコクコクとうなづいた。どうやらマントは少女を所有者と認めたらしい。喋れない以上、意図せず少女の名前がわかったのは僥倖だろう。
「登録されると不都合があるのか?」
「それが問題でね。本人以外は使用できないんだよ。こうやって人工遺物のほうから一方的に認めるタイプは、譲渡も出来ないらしい」
「むぅ……」
「それじゃあ、トランスさんの問題はどうしたら……」
今までぎりぎり倒れなかったのも、まともに機能していなかったとはいえ、マントに備わっていた効果のおかげであることは理解できた。譲渡が不可能となると、常に魔力枯渇の恐れを抱いていなければならない。日常的に、完全に昏睡して回復を待つを繰り返すなど、ゾっとしかしない。そう思うと、急激に倦怠感を感じる気がした。トランスがそう考え、言葉にならず思案していると、鑑定の為にバラックの前に立っていたリーゼが、トランスの足にしがみついてきた。
「あー! あー!」
「む、なんだ?」
「ははは、随分懐かれているね。しかし、どうしたものかな」
「あれ? お父さん、ちょっと待って、これって……」
感じていた倦怠感が引いていくのを感じる。サラが目を凝らし、リーゼとトランスを交互に見つめている。すると、確信を得たように声を上げた。
「やっぱり! 触れていると、魔力を共有してますよこれ!」
「ほぉ、それはすごい! さすがは人工遺物といったところか。魔力同調の効果かもしれないな。魔素の吸収効率をあげるものかと思っていたが、そういった効果もあるのか」
「うー! うー!」
トランスそっちのけで、興奮したように三人は喜びの声を上げている。リーゼはベッドによじ登ると、トランスの背にいそいそと登り始めた。すると、ポンチョ状態だったマントが形を変え、トランスがリーゼを背負うような形で、鎧の形状にあったマントへと形を変えた。呆気に取られた表情で、バラックが言う。
「ははは、年甲斐もなく驚き疲れたよ。しかし、これで解決したかもしれないね」
「そうですね! トランスさんは、リーゼちゃんと一緒にいれば安心です!」
「うー!」
半ば置いてきぼり状態で話が進んでいることに、トランスは苦笑する。なし崩し的にリーゼの面倒を見ることになったようだが、本人が嫌がっていないようであれば、しょうがないかと兜の頬をかいた。