死地での出会い
ロート視点です
俺は貧しい農家で生まれ育った。ある時村の広場に子供達が集められ、小さな袋と引き換えに、見知らぬ男達に馬車に押し込まれた。今でも覚えている。俺の事を心配するでもなく、金を受け取って心底安心したような顔を。
あぁ、別に恨んでいるとかではない。子供ながらに理解していたし、売られたってわかったときに思ったのは、「あぁ、こんなもんか、俺の人生なんて」ってことぐらいだったな。
シクシク泣いているガキどもと一緒に、馬車に揺られていると、大人たちの慌てた声が聞こえて来た。馬車の揺れが激しくなり横転。悲鳴が響き渡る。打ち付けられて痛む身体を必死に起こし馬車から這い出ると、狼の魔物に食い散らかせられる子供、横転の時に折れたのか、片腕だけで必死に戦う大人、頭から血を流しながら剣を振り回す大人がいた。
「くそっ! ゴブリンライダーだと! こんなところでぇ!」
「あああああ、いだい、いだいよぉぉ!」
「後続の俺らを囮にしやがった! ちくしょぉ!」
どうやら魔物に襲われ、後続を走っていた俺たちの馬車は見捨てられたらしい。つくづく糞な人生だと思ったが、狼は他の子供を食べるのに夢中であり、ゴブリンは生きあがいている大人に夢中だ。幸いなことに五体満足だった俺は、その場から逃げ出した。
「糞糞糞糞がぁ!」
自分の人生に悪態をつきながら俺は走った。もう俺の人生なんて終わりだって思って諦めていたはずなのに、目の前で魔物に喰われる姿を見て、こんなところで終わってたまるかって必死に走った。いつの間にか涙で視界がぼやけ、何度も転び嗚咽をもらしながら走っていた。
「ギャギャギャギャ!」
わかっていた。きっと俺の事を逃してなんてくれないだろうってことは。後ろに迫る魔物の声を間近に感じながら、体力の限界を迎えてもう歩いているのと変わらない速度になっていたが、俺は逃げた。多分弄ばれていたんだろう。全力で追っていればとっくに殺されていたと思う。
「た、助けて……」
「ギギギギ、ギャギャー」
ニタリと醜悪な顔で笑い、疲労から動けず倒れこんだ俺を見下ろしながらゴブリンが笑う。涙でぐちゃぐちゃになった顔で、とっくに人生を諦めたと思っていた俺の口から出た言葉は、命乞いだった。あぁ、俺の人生なんて、こんな……、こんな……。
「くはは、いいな。いいなぁ。そこのガキ。意地汚く生き残りたいというその渇望。ゴブリン風情が、その渇望は私の物だ……。よこせ」
「ギャ……」
目の前からゆったりと歩いてくる男の目が怪しく光ったかと思うと、魔物は目から光を失い、まるで新しい主人を迎えるかのようにふらふらと寄っていくと、傍に控えた。
「あ、あ、あなたは……」
「ふむ、羨ましい……羨ましいなぁ。その渇望。私にはないものだ」
意地汚く生きるために足掻いていたいた子供に、こんなもんかって人生に向かって、羨望の眼差しを向け魔物を従える男。これが、俺とチャンバーさんとの出会いだった。
それから俺はチャンバーさんに仕えた。次々と魔物を手勢に加え、始めは盗賊紛いなことをしていたが、次第にそれは物欲に向かっていった。力任せだけでは手に入らないものに、商会を立ち上げ各地の物を集め始めた。
「あぁ、欲しい。欲しい。満たされない。恐怖は殺せば消えてしまう。名声か? 名誉か? 物か? 私が欲しいものはなんだ? ロート。お前も探してくれないか?」
「はい! 俺の全てをかけて探します!」
口癖のように、羨ましい、満たされないとチャンバーさんは言う。キラキラと輝くような羨望の眼差しは、手に入ると途端に興味を無くしたように暗く淀んだ瞳へと変貌していた。命を救われた俺は、チャンバーさんに報われて欲しいと、本当に欲しいものを得て欲しいと手足として動いていた。
「糞が……。しくじった……」
チャンバーさんの命を受け、ある特殊な薬草を集めていた時、不覚をとって怪我をしてしまった。コボルトの上位種に鉢合わせしてしまい。護衛としてついてきていたゴブリンは全滅。その隙をついて逃げ出したものの、内臓に骨が刺さったらしい。止まらない血に霞む目。あぁ、結局、恩も返せず死ぬ。俺の人生なんて……。朦朧とした意識の中、駆け寄ってくる誰かがいた。
「酷い怪我だ! ほらっ! これを飲んで!」
瓶の中の液体を半分程俺の身体に浴びせ、残りを飲むように勧めてくる男。傷がみるみるうちに癒え、ぼやけた視線が元に戻り、思わず俺は固まってしまった。
「……大丈夫かい?」
そこには、チャンバーさんと瓜二つの顔があったからだ。俺は二度目も救われた。




