鑑定
その後トランスは、慌ててやってきた医者に診察を受け、脱水と栄養失調状態であることを指摘された。鎧は脱げなかったので、顔色などの判断からだ。ベッドで上体を起こしたまま、サラが持ってきてくれた鶏肉の入った粥を少女と一緒に食べ、腹を満たした。状態を確かめるために、身体を動かして見せると、どんな身体のつくりをしてるんだと、医者は呆れながら帰っていった。
いい加減寝飽きたので、トランスは、ベッドを椅子代わりに座りなおした。満腹感からなのかウトウトし始めた少女をベッドに寝かせ、身体の調子を確かめることにした。普段通りに動かそうとすると痛むが、話しに聞いていた程の負傷には思えず首を傾げる。
「この鎧のおかげなんだろうか」
悩みの種でもあるが、これがなかったら死んでいたであろうと思うことを考えると、複雑な感情を覚える。ともあれ、今は鑑定してもらい、状況を確認するのが先だろうとなと、トランスは瞳を閉じ思案に耽った。燃えさかる街、今も耳に残る叫び声が鮮明に思い出される。生きろと言う友の声は、生きる為の糧というより、むしろ自分を生にしがみつかせる呪いのようだ。ふと、ちりちりと頭に痛みを覚えた。魔物達に蹂躙され、仕えた国は亡びたと認識できながら、詳細を思い出すことが出来ないでいた。まるで靄がかかったように思考が遮られる。思わず頭に手をあて、靄を払うかのように首を振っていると、扉があき、サラと、茶色の短髪の、口髭を生やした男性が入ってきた。
「大丈夫かい?」
「あ、あぁ、すまない。あなたは?」
「わたしは、ハガイのギルドマスターのバラックだ。まぁ、マスターと言ってもこんな辺境では偉くもなんともないから、気楽にしてくれ」
「わたしのお父さんでもあるんですよー」
「そうか、よろしくたのむ。しかし、わざわざマスターがなぜ?」
「お父さんは鑑定もできるんです!」
「ははは、大したものは出来ないけどね。これでも王都で勤めていたからね。街を救ってもらったようなものだし、力にならせてくれ」
笑った顔は確かに似ているなとトランスは思いながら、バラックと握手を交わす。見た目は細身にもかかわらず、力強い握手だ。自分がわかっている範囲の、鎧の効果らしきものを説明した。
「ふむ、強制装着に、全く重みを感じない、視界が遮られない……か、ボロボロとはいえ、立派な鎧だね。わたしが触れたり持ち上げようとするとずっしりと重い。素材が軽いというより、そうゆう効果があるみたいだね。これはどこで? あぁ、出所から何かわからないかってだけだからね」
「記憶が曖昧ですまないが、気づいたら着ていたとしか言いようがない。察してはいるだろうが、国が魔物に襲われて、俺だけがおめおめと生き延びた。気を失っていたらしく、目覚めたらすでに着ていたんだ。元から着ていたかどうかも定かでない」
トランスは記憶を手繰り寄せようとするが、国が亡びた状況、自分だけ生き延びたということが思い起こされるだけで、騎士でありながら仕えた国の名前すら出てこないという事実に歯噛みした。
兜の外からですら垣間見える苦渋の色に、サラはおろおろとした様子で、バラックは申し訳なさそうにトランスに声をかけた。
「いや、すまない。大変な目にあったんだろうことはその鎧が物語っているよ。無理に思い出す必要はない。ある程度わかったほうが、鑑定の精度があがると思っただけなんだ」
「気にしないで欲しい。厚意でやってもらっているんだ。嫌な思いをさせてすまない」
「ははは、お互い気遣いあってちゃしょうがないな。その女の子に渡したというマントも鑑定するかい?」
バツが悪そうにバラックは話題を反らすと、少女が包まるマントに目をやり尋ねる。渡したときと比べるとボロボロであったのが嘘のように綺麗になっているが、サラから説明を受けたので、間違いはないのだろうとトランスは思い返事をした。
「頼む」
バラックの手から淡い光の粒子が発生すると、トランスの鎧の表面をすべるように伝っていく。しばらく発光していたが、ゆっくりと光が収まっていく。難しそうな顔をしてバラックは話始めた。
「初めに謝っておくと、これはわたしの手に負える装備ではなさそうだ。ほとんど何もわからないっていうのが本音だよ」
「そうか、少しでもわかったことはあるのか?」
「まぁ、見た目から想像がつくだろうけど、この装備達はほとんど壊れている。普通であれば、任意で脱着が可能であるはずなんだ。憶測になるが、魔装という装備だろう」
「魔装?」
「えっ! 魔装って人工遺物の?」
じっと見ていたサラが驚きの声をあげ、鎧をぺたぺたと触り始める。気にせずバラックは話を続けた。
「王都に居た頃に文献で見たことがあるだけだけどね。わかった効果を見て思ったよ。全てに共通して、自動治癒、自浄作用がかかっている。傷の治りが異常に早いのはそれだろう。重さを感じないことから、軽量化もあるだろう。残念ながら銘が潰れていてほとんどの効果が読み取れない」
銘とは、その装備につけられた名のことだ。特殊な効果を持った装備には必ず銘がある。鑑定とはその名を読み取ることで効果を特定することができる技術であり、銘が読み取れない状態にある場合、効果が半減したり、消失したりしている状態だ。
「いやいやいや、それでもめちゃくちゃな効果じゃないですか!」
「そんなにか?」
「ははは、壊れているとはいえ正直国宝レベルだと思うよ。でも、疲労感と倦怠感を異常に感じないかい?」
サラは鎧に触れていた手を恐れ多いとひっこめた。言われてみればそう感じなくもないが、そもそも逃げ落ちて憔悴していたうえに、今も怪我のあとだと思うと、普通なのではないかとトランスは思ってしまう。
「魔装は装着時に、魔力を常に消費し続けるはずなんだ。普通であれば、脱着できるはずだけど、脱着機能が壊れているせいで、強制的に装着してしまうのだろう。普通だったらすぐに倒れてしまうぐらいの魔力をつかっているはずだよ。運び込まれたときに鎧を着ていなかったのは、魔力が枯渇していたからだろう」
思い当たる節があり、なるほどとトランスはうなづく。魔法を使えるはずだが、使えない気がしていたのは、すでに魔力枯渇に近かったのだろう。
「トランスさんが、簡単な魔法ってお茶を濁していたのはそれが原因ですか?」
「そうだ、使えるが、使えないようなそんな気分だった。外せないうえに常に魔力を消費し続けるとはな……」
「呪われてはいないようだけど、正直危険な状態ではあったね」
「ん……あった?」
魔力は生命維持にも直結しており、魔力枯渇は命に係わる。低下するだけでめまいを起こしたり、気を失ったりする。自然に回復するものではあるが、その分以上消費し続けているのであれば、危険な状態であることは変わらないはずだ。しかし、まるで過去のことのような言いように、トランスは疑問を覚え思わず聞き返した。
「マントのほうの鑑定結果だが、銘がわかったので効果がわかった。というより、新しく銘が掘られたかのようにはっきりとしている。反転という効果と、魔素吸収、魔力同調という効果がある。周囲の魔素の取り込みを助けてくれるものだ。マントをつけていれば、消費と相殺ぐらいにはなるんじゃないだろうか? 正直マントがないと、死んでしまうよ?」
「お父さん、あんまりトランスさんを脅かさないでくださいよ! それと、銘はなんていうんですか?」
「あはは、いや、ほんと命に係わるから言ったんだけどね。銘のほうはね。慈悲のマント……だよ」
トランスは、マントに包まって眠る少女に見やり、どうしたものか顎に手を当てるのだった。