神の視点
大変お待たせしました。休日に出勤が重なり疲労困憊でした。
次回の更新は少しでも早く出来るように頑張ります。
商業都市アーキナの門は、重厚な石造りの壁に穿たれた、巨大な口のようだった。自由と商売の精神が、この都市の空気そのものとなり、旅人たちを迎え入れている。しかし、その活気の裏には、貴族の搾取に抵抗し、治外法権を勝ち取った者たちの、堅固なまでの意志が隠されていた。
全身をくすんだ鉄色の古びた鎧に覆われた騎士トランスは、老いたロバのロッシーに跨り、その門をくぐった。ロッシーの四肢には、白銀の鏡面のような輝きを放つグリーブ状の装具が具現化しており、その異様な光景は門番たちの目を釘付けにした。
「おい、見たか? あれ、ロバだよな?」
「ああ、だが、あの足の装具……魔法具かなんかじゃないのか? ロバなんかに、なぜあんな高価そうなものを」
門番たちの囁き声は、トランスには届かない。彼の意識は、ただひたすらに、奪われた二人の少女の痕跡を追うことに集中していた。彼は、門番に冒険者証を提示し、静かに都市の内部へと進んでいった。
都市の中は、喧騒と熱気に満ちていた。しかし、トランスの表情は暗い。それは、トランスが抱える過去の悪夢が、重い鎖のように彼の心を縛り付けていたからだ。
一行は人通りの少ない路地に入り、サラが額の菱形の赤い宝石を輝かせた。節制の栄冠の力が解放され、彼女の澄み切った水色の瞳が、見えざる魔力の流れを捉え始める。
「痕跡は深くなっています。ロートさんの魔力反応が、あの悪意の塊——チャンバーと重なって見えます。釈然としませんが、ロートさんの情報があって良かったです」
サラは冷静に報告した。彼女の瞳には、追跡対象の魔力の軌跡が、複雑な色の奔流として映っているのだろう。
トランスは、ロッシーの背中で静かに息を吐いた。
「……俺は、ロートの敵意を見抜けなかった。いや、見ようとしなかったのかもしれない」
トランスの声は低く、自責の念に深く沈んでいた。
「この神の眼を身に纏いながら、本質を見誤った」
ベックは短剣の柄に手を当てながら、冷徹な現実を突きつけるように言った。
「旦那、それは違うぜ。神の眼は道具だ。それを受け取るのは、血肉を持った人間だ。お前さんの話を聞くに、驕るなってことなのかねぇ」
ベックは、トランスの能力を信頼しつつも、その過度な自己犠牲の精神を懸念している。
トニーは明るく、しかし真剣な眼差しでトランスを見上げた。
「ま、ないよりましじゃん? 旦那は気にすんなって。力がどうとか、道具がどうとか、そんなのは後で考えりゃいい。今度こそ、ぶっ飛ばせばいいんだぜ!」
リトスは、いつも通り腰を低くしながら、静かにトランスの言葉を補完した。
「恐縮です。しかし、ベックさんとトニーさんの言う通りかと。物事の本質を見破る力だとしても、私達人間の持つ感情や、過去の経験によって、その解釈は歪んでしまいます。見えざる物を見るということ自体、私達人間の範疇から超えていますからね。貴方は、心から人を信じようとした。その心の動きを責めるのは、あまりにも酷です」
トランスは、仲間たちの言葉を一拍置いてから受け止めた。彼らの言葉は、彼の硬く閉ざされた心の扉を、わずかに緩ませる。彼らの存在そのものが、トランスの人間性を繋ぎとめている鎖なのだ。
ロッシーが、トランスの足元を蹄で二度、静かに叩いた。それは、言葉を介さない、深い理解と励ましのいななきだった。
「そうか。……お前の言う通りだ。これが俺の責務だ。立ち止まることは許されない」
トランスはロッシーの首筋を、古びた手甲越しに軽く撫でた。
「……すまない。行こう」
トランスが前進を決意すると、彼を包んでいた重い倦怠感が、まるで霧が晴れるように消えていくのを感じた。
「トランスさん、少しは身体が楽になりましたか? 」
サラは、トランスの体調の変化にすぐに気づいた。彼女は、トランスが再び動き出せるようになった理由を説明し始めた。
「身体の重さが消えた。まるで、深い泥の中から引き上げられたようだ」
トランスは素直に認めた。
「ロッシーの足の装具ですが、私とリーゼちゃんのものと同じような物だと思っていいみたいです。節制の栄冠と慈悲のマント、そして貴方の鎧の力が、ロッシーと共鳴したのでしょう」
サラは、その装具の能力を解析したロブの鑑定の結果を伝えた。
「具現化した装具には、魔力活性と、魔獣化という能力が付与されているそうです。そして、トランスさんが動けなくなった見解ですが、慈悲のマント《マントオブピエタ》の効果範囲外まで離れてしまったことが原因ではないかとのことです」
サラの言葉は、トランスに衝撃を与えた
「そうか……リーゼが、俺を生かしていたのか」
トランスは、胸に空いた穴を、鎧越しに強く握りしめた。その穴の奥には、今やリーゼの存在が深く根付いている。守るべきものが、彼を動かしている。
「ロッシー、感謝する」
トランスは静かにロッシーに語りかけ、再び前を向いた。
「この先、人通りの少ない区画に、リーゼちゃんとフラスちゃんの魔力反応が集中しています」
サラが指差した方向、都市の奥深く、富裕層が住む区画の境界線に、異様な建物がそびえ立っていた。
それは、商館というにはあまりにも堅牢な、城砦を思わせる石造りの建物だった。窓は少なく、分厚い鉄の門が重々しく閉ざされている。その威圧的な佇まいは、内部に隠された、邪悪な企みを暗示しているようだった。




