倒れた騎士
トランスが目を覚ますと、そこはベッドの上だった、なぜか右手を握るようにして、少女が寝息を立てている。肩口まである金色の髪は、艶があり目を見張るものがある。涎を垂らしながらすやすやと眠る姿を見ていると、どこか既視感を感じたが、今はこの状況に困惑していた。
ゴブリン達と戦っていたのは覚えているが、途中からほとんど記憶がない。死んだものだと思っていたが、どうやらまた死に損ねたらしいと天井を見つめた。どうしたものかと、ズキズキと痛む身体に鞭を内、女の子を起こさないようにゆっくりと上体を起こす。すると、扉が開き、赤いショートカットの女性が顔を覗かせて、驚きの声を上げた。
「あっ、目が覚めたんですね!」
女性がトランスに歩み寄り、しげしげと見つめる。たどり着いたときは憔悴していたため、あまり記憶が定かでなかったが、確か受付の女性だったかと、思い出すように顎に手を添えた。
「助けられたようだ」
「それはいいんですけど、重傷だったのによくもう動けますね……。それに、いつのまに着替えたんですか?」
「む?」
「えっと、説明しますね」
「すまない」
トランスは、サラからここに至るまでの説明を受ける。ギルドまであの子供がとびこんできて、サラの服を引っ張りだしたらしい。あまりの慌てように、冒険者であるトニーと一緒に向かった。子供の案内を受け、交戦中のところを発見し応戦。オークを倒したものの、トランスは昏睡。その際に、鎧は着ておらず、血まみれの衣類姿だったという。トニーが担いで運び込んでくれたらしい。生きているのが不思議なくらいの重傷だったそうだ。
「お医者様はもうだめかもしれないって言ってましたけど、よかった」
「迷惑をかけた」
「それにしても、どこにしまっていたんですか、その鎧?」
トランスは顎に手を当て思案する。説明をしたところで信じてもらえるかはわからないが、助けてもらった手前、曖昧にしておいても後味が悪いだろうと思う。サラの真っ赤な瞳を見つめながら、左手で鎧の胸元を擦りながら、トランスは口を開いた。
「この鎧は自らの意志で外すことが出来ない。いつの間にか着ていてな。正直、起きた時点でまた着ていたとしか説明できない。精々兜を外すことぐらいなら出来るが、いつの間にか被っている」
「そうですか……、生活に不便とかありません? 良かったらギルドで装備鑑定とかしましょうか?」
何の疑問も抱かずに信じているサラに、少し面食らいながらも、トランスは言葉を続けた。
「あ、あぁ、正直助かるが、いいのか? 金はないぞ?」
ギルドは装備品など鑑定をしてくれるが、決して安いものではない。それなのに、鑑定するものの技量次第でわかる範囲も限られてくるので、あまり利用するものはいないのだ。
「ゴブリンソルジャーとオークファイターの討伐のお礼ですよ。ちゃんと討伐料も後でお渡しします」
「この付近では、あんなに強力な魔物といつも戦っているのか?」
「普通ありえませんよー。生まれたてのゴブリンがたまに出るぐらいで、魔物といっても動物が魔物化した物ばかりです」
サラ曰く、どうやら普段あれほど強いゴブリンやオークは、現れないようだ。あんな魔物にちょっと出かけたぐらいで出くわすような場所ではないと知り、トランスは内心でホッとしていた。
「しかし、俺が一人で戦ったわけではないのだが」
「さっきも言った通り、このあたりは生まれたての非力なゴブリンしか普段はいません。こんな辺境の街では銅級の冒険者さんが最高位なぐらいですから。トランスさんがいなかったら、まともに戦うことも出来ず、街も被害を受けていたと思います。正当な報酬です」
「そうか、それならいいのだが」
図らずも街を救っていたという事実に、トランスは実感が湧かないながらも安堵するのだった。ふと、目線をすやすやと眠る女の子に向け首をひねる。
「そういえば、この子は?」
「あはは、びっくりしますよね。その子、孤児の子ですよ」
「なんと」
見覚えがあるような気がしたが、全く見違えたその姿に、トランスは驚きを禁じ得なかった。それほど、ただ身綺麗にしただけとは思えない程の変貌ぶりだった。
「ずっとトランスさんの傍を離れなかったんですよ」
「危ないところを助けてもらったそうだしな。報酬で、何かうまいものでも食べさせてやろう。しかし、見違える物だな」
「不思議な現象があったと話したじゃないですか? そうしたら綺麗な女の子が倒れていてびっくりしたんですよ!」
「風呂に入れてやったとかではないのか?」
「ずっとトランスさんから離れませんでしたからね。正直わたしにも何がなんだか……」
トランスは兜の中で目を細め、少女を見つめる。ふと、サラが可笑しそうに微笑み、声をかける。
「ふふっ、今更ですけど、鎧を来てベッドに横になっている人、はじめて見ました」
「鎧のままベッドで寝たのは、俺もはじめてだよ」
つられてトランスも苦笑する。思えば、こうやって笑うのは久々かもしれないと、人知れず思うのだった。
話し声が耳に入ったのか、もぞもぞと少女が顔をあげ、目尻に涙を浮かべ、トランスに抱きつく。
「うー」
子供の相手を慣れていないトランスは、困惑しながら少女に頭を下げた。
「むう、助けられたようだ。感謝する」
「あー」
こくこくと少女は頷くが、言葉をうまく発声できないようで、唸るような声をあげるのみだ。喋る気がないのでなく、喋れないようだった。
「……難儀だな」
「うーうー」
トランスが頭を優しく撫でると、籠手のゴツゴツとした感触を気にもとめず。少女は嬉しそうにはにかむ。その様子を、サラは優しく見守っているのだった。