ビカ村に向けて
一行は、リトスとフラスの願いを聞き入れ、ビカ村まで同行することとなった。年老いたロバの引く荷台は思った以上に遅く、気づけば距離を離してしまう可能性もあるので、リトス達が先導し、護衛としてトランスが一緒に歩くことにした。
「本当にありがとうございます。こいつがもう少し頑張ってくれたらいいんですが……」
「気にするな。急ぐ旅ではない」
「あうー!」
「ははは、可愛いお嬢さんですね。娘さんですか?」
「いや、訳ありでな」
「あー、すいません。不躾な事を聞きました」
「構わない。良く聞かれるからな」
リトスとトランスが他愛ない会話をしながら進む。最初こそ仏頂面のトランスに尻込みしていた様子があったが、べったりなリーゼがいい緩衝材となり、段々と打ち解けていったようだった。フラスは仏頂面のトランスに怯えて近づかなかったのと、疲れもあったのか、ロブ達の馬車で寝てしまっていた。
「フラスがすいませんね。歩かせる訳にいかないし、荷台に乗ればこいつの負担になって余計足が遅くなってしまいますから」
「俺の方こそすまないな。怖がらせてしまったようだ」
「何台もの馬車に話しかけて、断るときに剣で脅してきた人もいたものですから。そういう事態にした私の責任です。トランスさんが気にすることではないですよ。リーゼちゃんでしたっけ? すごく懐いているじゃないですか。フラスなんてなかなか寄ってきてくれなくて、羨ましい限りですよ」
「特に嫌われていそうではないが?」
話しかけていたときに、服の袖を握りしめていた様子から、頼っている様子も見られたので、思いがけないリトスの話に思わずトランスは聞き返した。
「いやー、皆さんに出会うまでは道中文句ばっかりで、最近は一緒に寝てもくれなくなりましたし、女の子というのは難しいものですよ」
「……そんなものか?」
「そんなものです……」
何故かしんみりとしてしまったが、特に悪い雰囲気となることなく、順調に道を進めた。しかし、ロバの歩みが遅く。予定した行程の半分に行くか行かないかといったところで野営を迎えることになる。
「本当に申し訳ない……」
「ずっと謝り通しですねぇ。わかっているうえで引き受けたんですから、そろそろ謝るの止めましょうか?」
「すいませ――、ありがとうございます」
「うんうん、その方が気持ちがいいですよ」
「おじちゃんありがとう!」
「ぶっ、くくく」
ひたすら低姿勢で謝りどおしだったが、ロブの張り付けたような笑顔を見て、リトスは謝るのをやめた。フラスも大分打ち解けたようで、ロブのことはおじちゃん扱いだった。ベックが思わず噴き出して笑っている。食事ぐらいは自分たちの分は自分でとリトスは言い張ったが、二人分ぐらい大したことがないと全員で囲んで食事をとることにした。質素に黒パンと干し肉ですませようとしていたようだったので、目を輝かせてロブの作った肉たっぷりのスープを食べるフラスに全員が苦笑していた。
「少しロバの様子を見てきてもいいか?」
「えっ? 別に構いませんけど? 気になることでも?」
「いや、疲れていないかと思ってな」
食事を終えてトランスがおもむろに立ち上がる。急な提案にリトスが驚くが、トニーやサラが何かに気付いたかのように言葉を加えた。
「トランスは動物が好きなんだよ。なっ?」
「えぇ、動物にも好かれますしね」
「そうなんですか、お優しいんですね。子供に好かれる訳だ。そうゆうことなら構いませんよ。結構な年で身体中にガタが来てるんですよ。撫でてやったら喜びます」
「すまない。少し行ってくる」
言葉足らずな自分を援護してくれたトニーとサラに視線で感謝を送りると、ベックが手で早く行けと手でしっしっと払う。リーゼが慌ててトランスの背中によじ登り、トランスはロバの方へと歩いていく。その様子をフラスが羨ましそうに見つめていた。
意図に気付いたサラからトランスは兜を顕現してもらっていた。神眼を用いてロバの身体を観察する。弱ったところ、痛むところを意識すると、患部と思われるところが赤くぼんやりと見えるようになる。
「これは……大分頑張ったんだな」
年老いたロバは、トランスが近づいてもまるで警戒もせず座っている。むしろ疲れきっており反応するのも面倒といった感じだ。ゆっくりと撫でるが、外せない籠手のせいで硬い感触に身じろぎする。
「む、すまない。リーゼ、頼めるか?」
「あぅ!」
リーゼが代わりに撫でると、気持ち良さそうに目を細めていなないた。手を重ね、患部に沿うようにして手をかざし、トランスがヒールを当てていく。柔らかな光がロバを包み、酷使した身体を癒していく。すると、先ほど身じろぎしたのを謝るかのように、トランスとリーゼの顔をなめた。
「む、気持ちはありがたいが。これは……むぅ……」
「はぅー」
涎まみれになったお互いの顔を見て、リーゼとトランスが苦笑していると、いつの間にかフラスが木の陰から覗いていることに気付く。その表情はヒールの光に驚きと興奮、好奇心が見て取れる。思わず、しまったと思うトランスであったが、リーゼと目を見合わせ、フラスに向かって人差し指を口に当てた。一瞬気づかれたことに不安そうな顔をしたフラスだったが、涎まみれの顔が面白かったのか、クスクスと笑いながら、同じように人差し指を口に当てるのだった。
夜空には星が輝く。その光景は、まるで地上にも一つの星が輝くかのようだった。




