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亡国の騎士  作者: 黒夢


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親子の頼み

2025.10.25リニューアル

王都側へと向かう街道の検問所は、数多の商隊と旅人によって混雑していた。


トランスは、その異様な外見――全身を覆う古びた鉄色の鎧と、その胸部に空いた致命的な穴――のせいで、検問官の視線を一身に集めていた。しかし、彼が最も視線を集めたのは、その堅牢な肩の上にちょこんと座る小さな少女、リーゼの存在だった。


リーゼは、薄汚れたチュニックではなく、サラから譲り受けた清潔な服と、トランスから贈られた純白の「慈悲のマント」を身に纏っていた。彼女はトランスの兜の縁を小さな手で掴み、好奇心に満ちた翠色の瞳で周囲を見下ろしている。


トランスは、リーゼを肩車したまま、一歩一歩、機械的に検問を通過した。彼の周りには、微細な魔素の波動が常に流れ、リーゼの呪いを反射し続けている。その姿は、まるで動く聖域のようであり、検問官たちはその異様な雰囲気に圧倒され、無言で通過を許可した。


馬車へと戻るトランスの背中を見つめながら、御者のロブは柔和な笑みを浮かべたまま、手綱を握り直した。


「さあ、これで準備万端ですな。王都まではもう少し……」


ロブがそう言いかけた、まさにその時だった。街道脇の埃っぽい地面に、二つの影があった。一人は、粗末な旅装に身を包んだ、疲れ切った顔の男性。もう一人は、おさげ髪が特徴の、幼い娘。


男性は、リトスという名だった。彼は、今まさに検問を通過し、馬車を引いて去ろうとしている別の商隊に、必死に声をかけていた。


「お願いします! せめて次の宿場まで、乗せて行っていただけませんか!?」


しかし、商隊の御者は顔を背け、鞭を鳴らして速度を上げた。リトスと幼い娘フラスは、残されたボロボロの荷台と年老いたロバの横に、ただ立ち尽くすしかなかった。


ロブは、その光景を一瞥すると、すぐに視線を馬車に戻し、トランスに声をかけた。彼の顔から、いつもの商売人の柔和な笑みが消えていた。代わりに浮かんでいるのは、何かを深く考察しているかのような、真剣な表情だった。


「う~ん、厄介事ですかねぇ?」


ロブは、冗談めかした口調でそう言ったが、彼の瞳は笑っていなかった。


トランスは、その言葉に反応し、顔を横に逸らした。兜の奥深く、暗い影に隠された彼の顔には、微かな戸惑いが浮かんでいた。


「……なぜ俺を見る」


トランスは、極度に寡黙で感情を表に出さない。彼がロブの真意を測りかねているのは明らかだった。彼は、自分が何者なのか、なぜこの鎧を着ているのかという不安に常に苛まれており、誰かの期待や厄介事を押し付けられることに対して、無意識に抵抗を示した。


ロブは、トランスの反応を予期していたかのように、すぐに表情を元に戻した。いつもの、人当たりの良い商人に。


「いやいや、トランスさん。貴殿の正義感は、皆が知るところですからな」


ロブは、そう言ってから、街道脇のリトスとフラスに目を向けた。


リトスは、彼らの馬車が止まっていることに気づくと、一縷の望みを託すように、駆け寄ってきた。


「あの、すいません。少しだけ話を聞いてもらってもよろしいでしょうか?」


ロブは、穏やかに笑みを返した。


「えぇ、いいですよ? 何か御用ですか?」


リトスは、安堵の息を漏らし、深々と頭を下げた。


「私はリトス、この子はフラス。ビカの村の者なんです」


リトスは、疲労困憊した様子で、事情を話し始めた。


彼は、格安の護衛依頼を口約束でしてしまい、前金を払ってしまったという。しかし、帝国での仕入れを終えて戻ってきた時、護衛役の冒険者はどこにもいなかった。


「……ギルドに訴えましたが、口約束だった上に、どうやら偽名を使われていたようで、取り合ってもらえませんでした。宿に泊まる路銀も、残っていません」


リトスは、自らの不注意を恥じるように、俯いた。


「このロバと荷物を置いていくわけにはいかないのです。せめて、途中の宿場まででいいんです! そこまで乗せて行っていただけませんか!」


ロブは、腕を組みながら、その訴えを静かに聞いた。彼の表情は、商売人としての冷静さを保っていた。


「リトスさん。貴殿は、自業自得と言われても仕方がないのはわかっていますか?」


リトスは、目を見開き、そして素直に認めた。


「はい……。情けない限りです」


その時、リトスの背後に隠れていたフラスが、顔を上げた。彼女の茶色の瞳には、涙が溢れていた。


「やくそくしたのにやぶるほうがわるいんだもん!」


フラスは、小さな体で精一杯、大人の理不尽さに抗議した。その純粋な言葉は、馬車の中にいる面々にも届いた。


ロブは、フラスの言葉に一瞬目を細めたが、すぐに馬車の内部へと視線を向けた。


「すいません。ちょっと相談があります」


ロブは、この件が、彼ら一行の旅の目的や、安全に関わる可能性があることを理解していた。彼は、自分勝手な判断を下す前に、命を預けている仲間たちの意見を求めた。


馬車の荷台と、御者台の間に区切られた空間には、サラとトニー、そしてベックが座っていた。


サラは、リトス親子の窮状を最初から見ていた。彼女の心優しい性格が、すぐに反応した。


「いいと思いますよ? 彼らが騙されたのは気の毒です。それに、ビカの村は王都へ向かう街道から、そこまで外れません」


サラは、トランスとリーゼを支える立場として、常に客観的な判断を心がけているが、困っている人間を見捨てることはできなかった。


次に口を開いたのは、楽天家のトニーだった。


「いいんじゃね? 俺っちも、あんなちっちゃい子が泣いてんの見たら、見て見ぬふりできねぇぜ」


トニーは、軽薄な口調ながら、義理堅く、人情を重んじる彼の本質に従った。


ベックは、最も現実的で警戒心の強い斥候だ。彼は、数々の修羅場を潜り抜けてきた経験から、余計な厄介事を増やすことを嫌う。彼は、リトスの荷台とロバを一瞥し、そしてロブの真剣な瞳を見た。


「……ロブさんの好きにしなよ」


ベックは、短い相槌で済ませた。彼は、ロブがこの状況を冷静に判断し、彼らを危険に晒すような軽率な行動は取らないと信頼していた。


馬車の上から、トランスの声が響いた。彼の声は、感情を排した、常に冷静沈着なトーンだった。


「異論はない」


トランスは、彼らの旅の目的を理解している。しかし、彼の根底にあるのは、困っている者や理不尽な暴力に直面した際には、自らの危険を顧みずに立ち向かうという、強い正義感だ。リトスたちが騙されたという話は、トランスにとって見過ごせない理不尽だった。


トランスの肩の上で、リーゼが小さな声を上げた。


「あぅ!」


リーゼはトランスの決定を、無言のまま、全身で肯定した。彼女の強い意志が、トランスの行動を後押ししていた。


馬車内の全員が肯定したことを確認すると、ロブは再び柔和な笑みを浮かべた。彼の瞳には、感謝の光が宿っていた。


「それじゃぁ、好きにします」


ロブは、リトスに向き直り、優しく言った。


「リトスさん。途中までと言わず、ビカの村まで道中よろしくお願いします。ただし、一つ条件があります。この馬車には、非常に重要な積荷と、護衛の皆さんが乗っています。我々の指示には、必ず従っていただくことになりますが、よろしいですかな?」


リトスは、信じられないという顔でロブを見つめた後、深く頭を下げた。フラスも、涙を拭い、満面の笑みを浮かべた。


「よろしくお願いします! 本当にありがとうございます!」


「おねがいします!」


ロブは、トランスに向かって、親指を立てた。


「いやあ、助かりました。トランスさん。これでまた、うちの娘に自慢できる話が増えましたよ。困っている人を助けた、勇敢な騎士様の話をね」


トランスは、ロブの言葉に答えることなく、ただ静かに、前を向いた。彼の兜の奥で、わずかに光が揺らめいたように見えた。


馬車は再び動き出し、リトスとフラス、そして彼らの年老いたロバと荷台が、ロブの馬車の後ろに連なった。


ロブは、手綱を握りながら、静かに周囲の状況を分析していた。リトス親子が本当にただの被害者なのか、あるいは何か別の厄介事を運んできたのかを、既に探り始めているようだった。


旅は、新たな同行者を迎え、王都へ向かう街道を進んでいった。夕日が、古びた鎧と、純白のマントを、赤く染め上げていた。

相場より安い金額を往復分前払い。口約束を信じて、呑気に戻ってきたらすでにいなかった的な感じです。

むろん偽名なのでギルドは追跡できず。

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