実証の結果
次回は9月25日に投稿します。
>6月と誤表記していました。指摘ありがとうございました
陽光はまだ高いが、長旅の疲労が馬車の軋む音に混じっている。御者を務めるロブは、その上質な深緑のジャケットとは不似合いなほど年季の入った馬車に揺られながら、時折、柔和な笑みを浮かべていた。
馬車の側を、トランスが寡黙に歩を進める。全身を覆うくすんだ鉄色の古びた鎧は、長年の戦いによる傷と錆に覆われていたが、その中心に空いた胸の穴だけが、奇妙な視覚的特徴として際立っていた。彼の背中には、純白の生地に金の刺繍が施されたマントをポンチョのように羽織ったリーゼが、安らかに眠っている。リーゼの小さな身体は、トランスの頑健な背中にすっぽりと収まり、その姿はまるでトランスが彼女を包み込んでいるかのようだった。
馬車の中では、トニーとベックがサラの向かいに座っていた。サラは露出度の高いローブの上に外套を羽織り、胸元の銀細工のペンダントを無意識に握りしめている。
「いやー、しかし、まさかあのサラ嬢ちゃんが、いきなり火を噴くような豹変をするなんてな。驚いたぜ、全く」トニーが軽快な口調で言った。彼は辺境の狩人らしい、しなやかな痩せ型の体躯を揺らしながら、好奇心旺盛な琥珀色の瞳を輝かせている。
サラは、自身の魔力制御に関する欠点を強くコンプレックスとして抱えており、その話題には内心動揺を隠せない。
「……トニーさん。あれは、私の意図しない現象です。魔力の制御が追いつかず、属性に引っ張られてしまう。非常に危険な状態なのですよ」彼女は丁寧な言葉遣いながらも、どこか自罰的な響きを込めて答えた。
トニーは、根っからの楽天家で、楽しそうに笑う。
「へへ、でもよ、あれだけ強力な魔法をぶっ放せるってのはすげぇじゃねぇか! 俺っちから見りゃ、ちょっと性格が変わるくらい、大した問題じゃねぇ。今度、あれを拝ませてくれよ。面白そうじゃん!」
「面白そう、ではありません!」サラは少し声を荒げた。彼女の真面目さと責任感の強さが、軽薄なトニーの態度に反応する。「あの状態の私は、冷静な判断ができません。過去、前のパーティでは……」彼女は言葉を詰まらせた。
「まあ、そう興奮すんな、嬢ちゃん」ベックが口を挟んだ。彼は長年の冒険で培った「不必要な消耗を避ける」という信念から、常に冷静沈着だ。無精ヒゲの男性である彼は、深緑の瞳で冷静にサラを見つめる。「トニーの言うことも一理あるが、俺の立場から言わせてもらえば、戦闘中に気が散ってへまをする訳にはいかねぇしよ。お前さんの制御不安定は、俺たち全体の命に関わる。早急に克服してくれるに越したことはない」
ベックの言葉は厳しいが、その根底には仲間の生存を最優先する献身的な配慮があった。
「……はい。ごもっともです。今はトランスさんの新しい装備のおかげで、以前よりは安定しています」サラはペンダントを握る手に力を込めた。
トニーは、話題を逸らすように、自分の技術の話を始めた。
「まあ、俺っちも負けてらんねえってことで、弓の技術を磨いているところだ。トランスの旦那が近接で暴れてる間によ、遠くから正確に急所を射抜く。それが俺の役割だろ?」彼は自信満々に胸を張る。「楽しみにしといてくれよ!」
***
馬車はサザンイースの王都側へと抜ける出口で、出発を待つ行列に並んでいた。サラは、トランスの兜が変化した節制の栄冠について、皆に情報共有を始めた。
「それで、トランスさんの兜の新しい機能についてですが」サラは静かに話し始めた。「節制の栄冠は、私のサークレットと連動しています。離れすぎたり、時間が経過すると勝手に装着されてしまうのはサークレットも同じでした。これは、トランスさんの鎧の制約によるものでしょう」
トランスは馬車の外で、その説明に耳を傾けていた。彼は極端に言葉数が少なく、「……そうか」と短く応じた。
サラは続けた。「サークレットの方には、魔力調整と魔力蓄積の機能が備わりました。特に魔力蓄積は、額の菱形の赤い宝石に、私の過剰な魔力を溜めておける機能です。そして、リーゼちゃんの慈悲のマントの魔力同調と合わさることにより、トランスさんやリーゼちゃんも、私が溜めた魔力を共有し、使用することができます」
リーゼはトランスの背中で、彼女の頭上に輝くサークレットを指差しながら、「うー」と嬉しそうな声を漏らした。彼女は、トランスの背中という安心できる居場所から離れるつもりはない。
「なるほどな。つまり、嬢ちゃんが暴走しかけた魔力を、トランスの兜とサークレットが受け止めて、さらにそれを全員で共有できるってことか」ベックが的確に状況を整理した。彼は知恵袋として頼られがちだが、門外漢なことにまで頼られることには、内心戸惑いを感じていた。
「その通りです。おかげで、以前のように常に魔力を消費し、リーゼちゃんが睡魔に襲われることも少なくなりました」サラはリーゼに優しい視線を向けた。
次に、サラはトランスの兜が持つ視覚能力について説明した。
「それから、トランスさんの兜には、二つの特殊な視覚能力が備わりました。一つは全天周囲視認です。視界が三百六十度見渡せるようになり、俯瞰して見ることができます。これにより、不意打ちを防げるようになりました」
「三百六十度……」ベックが感嘆の声を漏らす。「それは厄介な能力だ。斥候の俺でも、死角からの一撃は防ぎようがない。これでトランスの旦那の防御は鉄壁だな」
ベックは戦闘技術と経験に基づく知識から、即座に応用を考えた。
「全天周囲視認があれば、複数の対象を魔法なら同時に攻撃できるんじゃないか? 背後からの敵にも、意識を割くことができるだろう」
「理論上は可能です。もう一つの能力は、神眼です。鑑定により、物事の本質を見破ることができると判明していますが、詳しい効果はまだ不明で……試してみたところ、対象の持つ属性の色が見えるという感じですかね」
「属性の色?」トニーが身を乗り出す。
「はい。例えば、黄色は警戒すべき対象、水色は信頼や好意、赤は敵意といった具合です。人間の感情や、魔物の特性が色で視認できるようです」
トニーの顔がパッと明るくなった。彼は根っからの楽天家で、何事も楽しみに変えようとする。
「まじで! なんでも見れんの! じゃあ、あのねぇさんは俺に惚れてるかどうかも――」
「……トニーさん、それは、人の心そのものを見る能力ではありません」サラは冷静さを保った話し方で、トニーの前のめりな期待を否定した。「あくまで、現状の感情や属性の傾向が見えるだけです」
「えーっ、なんだよ、つまんねー」トニーは急に落胆し、馬車の座席に背をもたれかけた。
ベックは「全く」と小さくため息をついた。彼の深緑の瞳が、トニーの軽薄な態度に呆れを隠せない。
***
トランスの装備の検証結果を聞き終えたベックは、現実的な忠告を始めた。
「トランスの旦那の鎧と、嬢ちゃんのサークレットは、もはや国宝レベルだろ。複数の装備が融合して、こんな特殊な能力を発現するなんて、聞いたことがねぇ」ベックは言う。「あまり知られない方がいい。特に、王都に近づくとなれば、その手の装備を狙う連中は山ほどいる。それが本人意外に使えないとあってもな」
サラも不安を口にした。「そうですね……。忌避していた私の体質が、二人の助けになるのは嬉しいですが、奪おうとする人もいそうですもんね……」
トニーはベックの忠告を聞きながら、トランスの腰に携えられた真紅に輝く「獣王の牙」に目を向けた。
「いいなー。トランスの旦那だけ、どんどん装備がカッコよくなっていくじゃねぇか」トニーは率直に羨望を語った。「俺もいい加減新しい装備が欲しいなー。このロングボウも、もう何年も使ってるしよ」
ベックはトニーを見て、珍しくプロ意識を超えた過保護な面倒見の良さを見せた。
「お前は、辺境で培った狩人の射手としての技術が最大の武器だ。装備に頼るより、技術方面を伸ばす方がいいだろう。その方が、いざという時、裏切らねぇ。ま、付き合ってやるから安心しろ」
トニーは、その言葉に義理堅く応える。
「うっす、ありがとうございまっす! ベックの旦那!」
トランスは、馬車の窓越しに、仲間たちのやり取りを見ていた。彼らは、自分の特異な状況や、リーゼ、サラの抱える問題を、当たり前のこととして受け入れ、前向きに進もうとしている。その温かさが、トランスの心にわずかな温もりを与えた。
「……感謝する」トランスは、極端に言葉数が少なく、短く言った。
***
馬車の前方、街道の脇には、一組の親子らしき人物が立っていた。一人は、疲労の色が濃い、粗末な旅装の男性。そして、もう一人は、彼の足元に隠れるように立っている、小さな女の子だった。
想像のつく人はいると思いますが、トニーが考えていたのはろくでもないことです(笑)




