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亡国の騎士  作者: 黒夢
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騎士の矜持

 草原にて、息を切らしたゴブリン二匹が、片膝をつき肩で息をするトランスを、血走った眼で睨んでいた。いくら攻撃しても決めてにかけ、隙を見てとどめを刺そうにも絶妙に反らせれる。負けもしないが勝てもしない戦いにいい加減苛立ちを感じていた。正直肉の柔らかそうな子供を追いかけたかったが、オークが見張っている限りそれもできない。なぜ攻撃に参加をしないのか疑問だが、抗議をしようものなら何をされるかわかったものではなかった。


「<ファイアーボール>」

「ギィ!」


 ふいに、一匹のゴブリンが横に飛びのくと、頬を弓矢が掠める。次いで魔力で出来た火の塊がゴブリンのもう一匹のほうを捉え、後方に吹き飛んだ。普段であれば避けられたかもしれないが、完全に目の前にいるただしぶといだけの人間に意識を集中しており、虚を突かれた形となり、魔法は直撃した。


「わぁ、まさか当たるとは思いませんでした。トニーさんは弓矢で牽制を続けてくださいね」

「おいおい、ゴブリンにかわされるとかショックなんだけど。あれ普通のゴブリンか?」

「ちょっとまずいですね。ゴブリンソルジャーとオークファイターみたいですね。ただのゴブリンと思ってると首ちょんぱですよ」


 子供が駆けて行った方角から、ギルドの受付嬢であるサラと、冒険者が一人向かってきていた。子供は、道案内としてついて来たらしい。サラは杖を持っており、どうやら魔法を放ったのはサラのようだ。弓を放ったトニーという冒険者は口笛を吹いて余裕を見せているようで、その表情は曇っていた。ゴブリンはゴブリンソルジャーという個体であり、戦い慣れた個体は、首狩りと恐れられる存在であり、普段街の近くに現れるような存在ではないのだ。


 オークは今までの退屈したような表情から一変して、粘着質な笑みを浮かべた。底意地の悪いこのオークは、騎士という存在と対峙したことがあったのだ。必死に抗うその姿から、守りたい物があるようだと察した。このような存在は、自分が痛めつけられることより、他者が傷つけられることを嫌う。ゴブリン達をけしかけたのは、動けなくなるほど弱らせるためであった。死んだら死んだで暇つぶし程度にはなると思っていたが、存外しぶといものだった。目の前であの人間の女でも犯してやれば、兜の中の表情が、醜く歪むことを想像し、重い腰をあげて冒険者達に向かおうとした。


「ギャギャギャギャ!」


 対してゴブリンも、仲間の一人が不意打ちにてやられたことに激怒。身動きもできなくなった、ただしぶといだけの存在などもう眼中になく、冒険者の方に踏み出そうとしていた。


「おいっ……」

「ギッ?!」


 だが、地の底を伝うような冷たく低い声が聞こえ、ゴブリンの首が後方から鷲掴みにされ、オークの足が止まる。騎士とは守るべきものがあるときこそ、その力を発揮するということを、理解していなかった。魔物たちは、さっきまで歯牙にもかけていなかった存在とは思えない威圧感に、初めて恐怖を感じた。


「お前らの相手は……俺だろう?」

「ギィ―ギィ―!」


 先程まで満身創痍であった人間とは思えないほどの力で頭を掴まれ、ゴブリンの身体が宙に浮く。がむしゃらに剣を振り回すが、後ろ手に十分な力がこもるはずもなく空を切る。ストンッとゴブリンの眉間の矢が刺さり、ぐったりと息絶えた。身軽さがうりのゴブリンソルジャーも、拘束された状態でかわしようもなかった。


「ナイス! やるじゃんあいつ」

「危ない! トランスさん! 避けて!」


 矢を放ったトニーは感心した様子で呟く。しかし、サラは斧を振り上げたオークの姿に、悲鳴に近い声をトランスに向かって上げた。その様子を見ていた子供がトランスに向かって走り出すが、周りも余裕が全くなく気付かない。


「ブオオオオオオオオオオ!」


 ゴブリンを掴んだままのトランスに、3mはあるであろう巨体から繰り出される斧が、横っ面から襲い掛かる。雄たけびは正に渾身の一撃を籠めるかのようで、さっきまで見下していた相手に向かって向けるようなものではなく、恐れを振り払うような一撃。


「あああああああああああ!」

「ブオ!?」


 金属同士がぶつかり合うような音が響き渡り、トランスは吹き飛ぶどころか、肘で叩きつけるかのようにして反らし、斧は地面に突き刺さった。


「ごぼっ、がはっ……」


 しかし、その衝撃は計り知れない。トランスの全身を軋ませ、ヒビ割れや骨折を引き起こし、内臓を深く傷つけた。兜の口元から滴る血液が、そのダメージを物語る。


 慌ててサラは指示を飛ばしながら、魔法を連発する。


「トニーさん、とにかく打って牽制! <ファイアーボール><ファイアーボール><ウィンドカッター>……」

「やってるけど全然効いてねぇ! 脂肪が厚すぎる! ちったぁこっちむけや!」


 オークに矢が刺さるものの全く痛痒は見られない。魔法は表面を焦がすか切り傷を負わせる程度にしかなっていない。振り向きもせず、オークは斧を振り上げると、力任せに振り下ろした。


「ブオオオオオ!」

「や゛ああああああああ!」


 その時、トランスと斧の間に小さな影が割込み、眩い程の光が周囲を照らした。


反転リフレクション


「プギャアアアアアア!」


 まるで地震のような地響きと共に、オークが地面につっぷしていた。


 訳がわからないという表情で、サラとトニーが放心していた。間に入った子供が光り輝いたかと思うと、一緒に潰れるどころかポーンと草原に投げ出され、オークが宙返りするかのようにその場で一回転。着地失敗したような形で膝から両足を地面に叩きつけられ、うつぶせにつっぷしたのである。ちなみに斧もはるか後方に飛び、地面に突き刺さっている。


 その巨体が回転し、両足を叩きつけられた形となったオークは、両足が無残に折れ曲がっていた。あまりに痛みにうめいていると、ゆらりと人影が視界に映る。兜をしていても感じる眼光、左手の剣を杖のようにし、身体をひきづりながら近づいてくるそれは、まるで幽鬼のようだった。右手の折れた剣を振り上げると、身体ごと倒れるように、首筋に刃を突き立てた。

ひ〇りマントではない

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