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亡国の騎士  作者: 黒夢


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ある古城にて

更新遅れてすいません。


雷鳴が轟く夜だった。


魔王の玉座の間から遠く離れた、彼の私室は静寂に包まれていた。窓の外は、天が怒り狂ったかのように激しい雨が叩きつけ、巨大な城の石壁を震わせる。漆黒の空間魔法によって遮音された室内で、魔王は窓辺に立っていた。


完璧な美丈夫であった。二次元の絵画から抜け出たかのような端正な顔立ちは、繊細で中性的でありながら、全身から発せられる威圧感は世界の理すら捻じ曲げかねない。地面に届きそうなほど長く艶やかな漆黒の長髪が、彼の豪華なローブの裾に垂れていた。頭部のねじれた黒曜石の角が、室内の闇の中で鈍い光を反射する。


彼の瞳は深い紫に煌めき、底知れない知性を感じさせたが、その端正な顔には、常に世界の真理を知っているがゆえの、深い憂いが影を落としていた。彼は装飾的な長い杖を軽く握りしめ、荒れ狂う外界を静かに見つめていた。


その静謐な時間が、控えめなノックによって破られた。


「失礼いたします、魔王様」


執事のグランだった。彼は長年にわたり魔王に仕える側近であり、その動きは隙がなく、まるで訓練された剣士のように鋭い。だが、魔王に向ける眼差しだけは、常に忠義と慈愛に満ちていた。


「入れ」


魔王は窓から視線を外すことなく、低く威圧的な声で許可を与えた。


グランは深々と一礼し、室内へ進み出る。彼の胸元には、重要な報告があることを示す微かな緊張が走っていた。


「黒騎士が謁見を望んでおります。謁見室に待機させておりますゆえーー」


魔王は彼の言葉を遮った。


「無用だ。余が呼ぶ」


魔王は杖を軽く持ち上げると、空間に向かって右手の指を鳴らした。その瞬間、彼の紫の瞳が爛々と輝き、漆黒の長髪が微かに宙を舞う。室内の空気が急激に冷え込み、窓ガラスを叩く雨音すら遠ざかったように感じられた。


指鳴らしとともに、空間が歪む。それは闇属性の魔力と空間魔法が織りなす、規格外の力の顕現だった。部屋の一角に、虚無を切り取ったかのような、漆黒の裂け目が生まれた。


――眷属召喚サモン


契約した相手を強制的に自身の側に呼び出す、魔王の切り札の一つ。


裂け目から、全てを飲み込むような漆黒のフルプレートアーマーを纏った存在が現れた。黒騎士である。彼の鎧の表面からは、古びた憎悪や深い呪詛のような禍々しいオーラが常に立ち上っており、彼が滞在した空間は生命力の薄い、冷たい場所となる。


黒騎士は現れるなり、一切の私的な感情を見せず、ただ機械的に魔王に向かって片膝をついた。


魔王は傲岸不遜な態度を崩さず、彼を睥睨した。


「して、余に何用か? 貴様が自ら謁見を求めるなど、珍しいことだ」


黒騎士は淡々とした、感情の抑揚が一切ない声で答えた。


「……報告すべき事柄がある」


「聞こう」


「……微弱だが、反応があった」


魔王の紫の瞳が鋭く細められた。その知的な光の中に、わずかな苛立ちが混じる。


「反応? 成したのは貴様のはずだが? しくじったとでも言うつもりか、黒騎士」


その言葉は高圧的で威圧感に満ちていたが、魔王は常に計算的である。彼は黒騎士の能力を正確に見抜いており、その報告の真意を測っていた。


黒騎士は静かに否定した。


「いや。失敗ではない。確実に砕いた。だが、消滅の直前、極めて微細な形で逃げ果せた痕跡を感知した」


「……逃げ果せた、だと?」


魔王は長い杖の先端で床を軽く叩いた。カツン、という小さな音が、雷鳴の合間に響く。


「貴様が砕いたのだ。微細な断片など、いずれ消え去る」


黒騎士は沈黙したまま、魔王の言葉を待つ。


「貴様は今なすことを成せ。貴様との契約はまだ終わってはいない」


「……御意」


黒騎士はそれ以上の言葉を発することなく、再び空間の裂け目へと向かい、漆黒の鎧を闇の中に沈ませていった。召喚されたときと同じく、一瞬で彼の存在は室内から消滅した。


空間の歪みが収束し、室内が元の静寂を取り戻す。


グランは、魔王が自らの魔力を酷使してまで黒騎士を召喚した行為に対し、厳しくも忠実な苦言を呈した。


「魔王様。黒騎士ごとき、使い魔を介して報告を受ければ済むことです。このような無茶な召喚は、王としての責務を忘れる行為です。自己の危険を顧みない行動は、どうかお控えください」


魔王は、普段の傲岸不遜な態度とは裏腹に、珍しく素直に答えた。


「すまなかった、グラン。貴様の忠告は心に留めておこう」


その言葉に、グランは一瞬だけ安堵の表情を見せるが、すぐに表情を引き締め、深々と頭を下げた。


「恐れ入ります。それでは、私は下がらせていただきます」


グランは退室する直前、黒騎士が立っていた空間の一点に、複雑な感情を込めた鋭い眼差しを一瞬だけ向けた。グランは黒騎士の存在そのものを、決して信用していない。


扉が閉じられ、魔王は再び一人になった。彼は窓辺から離れ、豪華な装飾が施された椅子に深く腰掛けた。


雷雨の音だけが、彼の世界を満たしている。


魔王は杖を床に立てかけたまま、うわ言のように、しかし強い意志を込めて呟いた。


「微細な断片であろうと、残滓を残すか……神よ」


彼の紫の瞳は、室内を照らす魔力の炎の灯りの下で、爛々と輝いている。その輝きは、世界の真理を突き破ろうとする底知れない知性と、定められた運命に対する強い反骨精神の表れだ。


彼は、苦痛のような運命を、完全に破壊することを誓っている。そのために、黒騎士のような危険な存在を必要悪として利用し、己の存在すら代償にすることを厭わない。


「貴様らの敷いた運命など、ことごとく破壊してくれる」


彼は強く言い切った。しかし、その声の中には、達成すべき使命の重さと、目的のためなら手段を選ばない己の在り方に対する、深い憂いと迷いのような揺らぎが、微かに混じっているのだった。彼は、自分の道が正しいと信じるがゆえに、その道の果てに何があるのかを、常に問い続けている。


雷鳴が、その重厚な決意と揺らぎを、城壁の奥深くに響き渡らせた。

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