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亡国の騎士  作者: 黒夢


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サラのサークレット

中継都市サザンイースには、清々しい風が吹き抜けていた。


トランスは、ゴルドとバーゴの二人の騎士と向き合っていた。ゴルドは以前の傲慢さを捨て、真摯な眼差しでトランスを見つめている。


「トランス殿。今回の件、我々がギルドへ詳細な報告を行う。孤児院の件も、帝国側の管理者として必ず是正する。貴殿は、後で報酬の受け取りに来てくれれば問題ない」


ゴルドはそう言って、深く頭を下げた。バーゴもまた、静かに敬意を示した。彼らはもはや、トランスを単なるボロボロの騎士として見ていなかった。彼らの内面に、トランスという存在が示す真の騎士道が深く刻み込まれていた。


トランスは全身を覆うくすんだ鉄色の鎧の奥から、静かに言葉を返した。


「……承知した。貴殿らの新たな責務、果たすことを期待する」


彼が言葉を選んでいる間、背中に負われたリーゼは、トランスの外套の中に顔を埋めながら、小さな「うー」という声を漏らした。彼女の微かな声は、彼らの旅の再開を促しているようにも聞こえた。


ゴルドとバーゴは、トランス一行の旅の安全を祈り、都市の中心へと歩を進めた。


トランスは、サラ、トニー、そして背中のリーゼと共に、街へと入った。彼らが中継都市サザンイースの定宿としていた小さな宿屋の扉を開けると、待ちわびていた仲間たちが、安堵の表情で彼らを迎えた。


「トランスさん! サラさん! トニー君! いやはや、本当にご無事で何よりですな!」


ロブはいつもの上質な深緑のジャケット姿で、両手を広げて一行を出迎えた。彼の柔和な笑顔からは、心底からの安堵が伝わってくる。


「私は心配で、この数日はろくに眠れませんでしたよぉ。特に、ドラゴンなどという話を聞いた時には……」


ロブは左手の薬指の結婚指輪をそっと撫で、彼が家族をどれほど大切に思っているかを無言で示した。


ベックは厨房から出てきたところで、手に持っていた調理器具の油を布で拭きながら、ぶっきらぼうな口調で彼らに声をかけた。


「ったく、トランスさんよぉ。少し目を離した隙に、また厄介事の中心にいんじゃねえか。呪いでも受けてるのか? お前さんは」


彼はそう言いながらも、その深緑の瞳には、仲間が無事に戻ったことへの安堵の色が濃く滲んでいた。


トニーは、腰に携えたロングボウを宿の壁に立てかけながら、陽気な声を上げる。


「へへ、ベックの旦那は心配性だぜ。まあ、これで俺達って竜殺しってことでいいのか? 王都じゃあ、一躍話題になっちまうかな?」


ベックは一瞬、眉をひそめたが、すぐに冷静な表情に戻った。


「公にできない以上、無理だろうな。そんなことより、早く飯を食え。腹が減っては戦はできねえ」


リーゼは、トニーの軽薄な言葉に対して、外套の中で「うー!」と不満そうな声をあげた。彼女は、自分たちが成し遂げた偉業が公にならないことに、無言で抗議しているようだった。


サラは、椅子にへたり込むように座り込んだ。彼女の顔色はまだ青ざめており、極度の疲労と、超過魔法を使用した後遺症で、精神的に消耗していることが窺える。


「……よかった。皆さんが、ご無事で。私は、もう、だめかと思いました」


彼女はそう呟くと、胸元の銀細工のペンダントを強く握りしめた。彼女の澄んだ水色の瞳は、まだぼんやりと焦点が定まらないようだった。


ロブは、そんなサラの様子を見て、優しく声をかけた。


「サラさん、休んでください。さて、トランスさん。少し、お時間をいただけますかな?」


ロブは、トランスの全身を覆うボロボロの鎧と、その兜の形状に変化があったことに気づいていた。そして何よりも、サラの頭部に輝く新たなる装備、サークレットに目を奪われた。


「その……サラさんの頭のそれは、一体?」


サラは、自らの頭に触れ、以前はバラバラに壊れてしまった母親の形見の杖が、美しいサークレットへと変貌していることを再確認した。


「これは、杖が……トランスさんの兜と共鳴した時に……」


ロブは興奮を抑えきれない様子で、トランスの方を見た。


「そして、トランスさんの兜も、以前より堅牢に、そしてわずかに形が変わっていますな。これは、ぜひ鑑定させてください!」


トニーは、ロブの鑑定の申し出を聞きつけ、トランスに近づいた。


「おい、トランスの旦那! 俺にもなんかくれよ! 竜殺しの記念だ。ガントレットとか、なんかゴツいのがいいぜ!」


トランスは、トニーの無邪気な要求に困惑した表情を、兜の奥で隠した。


「……それは、できない。装備は、意図的に所有者を選べるわけではない。それが、この鎧の真の力の発現と関わっているのだろう」


彼がそう答えると、トニーは少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑って「冗談だって!」と返した。


ロブは真剣な面持ちで、まずサラのサークレットに焦点を合わせた。


鑑定の結果が、ロブの魔導具から発せられる微かな光と共に、彼の脳内に流れ込んでくる。ロブの涼しげな目元が、驚きに見開かれた。


「これは……! 銘は、節制の栄冠クラウンオブテンペランスです。能力は……全天周囲視認オールビュー魔力調整マナコントロール神眼アナライズ、そして魔力蓄積マナチャージ……なんと、これほどまでに完璧な制御補助の魔導具は見たことがありません!」


ロブは驚きと感動で声が震えている。彼は、このサークレットがサラの抱える致命的な欠点、魔力の制御不安定さを完全に解消するものであることを理解した。


サラは、その鑑定結果を聞いた瞬間、全身の力が抜けるのを感じた。


「私が……心から望んでいたものです……。欠点を克服し、皆さんの支えになりたいと、ずっと願っていました。これは……」


彼女の瞳から、安堵と感激の涙が溢れ出した。彼女のコンプレックスだった魔力の制御不安定さが、このサークレットによって補われる。彼女は、もう二度と、魔法使いとして役立たずと蔑まれることはないのだ。


リーゼは、トランスの背中から顔を出し、サラの感動に共鳴するかのように、小さな手でトランスの兜の側面を「ポン」と叩いた。


その瞬間、サークレットの中央に埋め込まれていた、かつて母の杖の杖頭であった宝石が、輝きを失い、完全に透明になった。同時に、トランスの兜の額に、突如として菱形の赤い宝石が浮かび上がった。


ロブは目を見開き、慌てて再び鑑定を起動させた。


「な、何が起こったのですか!? サラさんのサークレットの宝石が消えて……」


ロブは、サークレットとトランスの兜、そしてリーゼの纏う慈悲のマントの三つの装備に、同時に鑑定をかけた。


「これは驚きですな……! 装備の状態によって、効果が変化し、連動している! サラさんのサークレットは、宝石が消えたことで、全天周囲視認オールビュー神眼アナライズの機能が失われています」


ロブは、次にトランスの兜に焦点を合わせた。


「代わりに、トランスさんの兜の額に現れた赤い宝石に、その二つの能力が移動しています! そして、リーゼちゃんのマントは、外套型として機能している時は、周囲の認識阻害がかかっています。これにより、トランスさんがボロボロの鎧姿でも、ただの変わり者としてしか認識されないのですね!」


ロブは、目覚ましい洞察力で状況を分析した。


「おそらく、この三つの装備は、一つのシステムとして機能している。トランスさんの兜が、その核であり、リーゼちゃんのマントが魔力同調と吸収、そしてサラさんのサークレットが、魔力調整と蓄積の補助タンクの役割を担っている。そして、トランスさんが兜の宝石を装着している時は、サラさんの魔力制御を優先し、宝石を外している時にサラさんが神眼や全天周囲視認の能力を得るのでしょう」


トニーは、ロブの複雑な説明を理解しようと、首を傾げていたが、ある一点で得心がいった。


「なるほどな! だから、トランスの旦那がボロボロの外套被ったぐらいで、あのゴツい鎧が誤魔化せてたのおかしいと思ったんだよ! 認識阻害ってやつか!」


サラは、自分の手のひらに乗せたサークレットを、慈しむように撫で続けた。宝石は失われたが、魔力調整と蓄積という、彼女が最も必要としていた機能は残っている。


「ありがとうございます……トランスさん。このサークレットが、私の……私の存在そのものを、肯定してくれたような気がします」


彼女の瞳には、もう不安の色はなかった。彼女の能力が、忌避すべき欠点ではなく、トランスとリーゼを支えるための鍵となったのだ。


ロブは、鑑定結果をまとめながら、皆に告げた。


「細かい仕様は、使いながら把握していくしかありませんな。しかし、これで皆さんの連携は、以前より遥かに強固なものとなった。これは、王都への旅の大きな助けとなるでしょう」


トランスは、ロブの言葉に静かに応じた。


「あぁ、わかった。試行錯誤は、厭わない」


彼の心には、記憶喪失という不安は依然として存在していたが、仲間たちの存在と、能力の解放がもたらす確かな手応えが、彼を前へと進ませていた。


ベックは、トランスの返答を聞くと、小さく鼻を鳴らした。


「そいつは結構。だが、腹ごしらえが先だ」


ベックはそう言って、厨房へと戻っていった。トランスは、リーゼを背負ったまま、椅子から立ち上がった。

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