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亡国の騎士  作者: 黒夢


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辺境の悪魔

誤字脱字報告感謝です。読み返しているはずなんですけど、何故か抜けているんですよね。読んでいてくれる方がいると思うと、モチベーションがあがります。

水辺は静かだった。日差しは強く、周囲の木々の葉擦れの音だけが、騎士たちの不満げな声を吸い込んでいる。


「あーあー、なんで俺たちがこんなことしなきゃなんないんだ?」


 座り込んでいた騎士が、額の汗を拭いながら空を見上げる。重い鎧の熱が、彼の苛立ちをさらに増幅させていた。


「文句を言うんじゃない。オルボル伯爵のお達しだろう」


 もう一人の騎士が、彼をなだめるように静かに返す。手入れされた剣の柄に手を置き、警戒を緩めてはいなかったが、その目には諦めと疲労の色が滲んでいた。


「お達しも何も、こんなのただの人攫いじゃねぇか。ならず者でも雇ってやらせればいいだろうに」


「税を私用に使うわけにはいかないだろ? 伯爵家のメンツもある」


「俺達を私用に使うのはいいのかよ……」


 騎士の愚痴は止まらない。彼らの仕事は本来、国境の防衛か、治安維持のはずだった。それが、今は伯爵の個人的な嗜好を満たすための誘拐犯だ。しかも相手は未開の辺境に住む獣人。いつ報復されるかわからない危険な任務だった。


 馬車を守る位置に立っていた三番目の騎士が、幌の隙間から中を覗きこみ、下卑た笑みを浮かべたまま二人に話しかけた。


「まぁ、そうまでして手に入れたい気持ちはわからなくはないけどな。奴隷商から買えば金貨100枚は下らないらしいぞ。俺たちを使ったほうが安上がりってわけだ」


 彼は舌打ちをした。


「はぁ……。だからって未開の辺境に、私用で兵を割くなよって俺は思う訳よ。命がいくつあっても足りないぜ」


「斥候の話じゃ大した魔物もいなかったって話だろ。ビビりすぎだって。文句ばっか言うなよ。それに一応専門家に聞いてやったんだ、俺たちの匂いは消してあるし獣人の追跡だって来ないさ」


 座り込んでいた騎士は、ふと、数日前の出来事を思い出し、顔を歪ませた。


「ガキでもあれだけ力強かったんだぞ? 思わず力が入りすぎちまったよ。今頃野垂れ死んでるだろうけど、報復にでも来られたらやばいぜ……? 美味しい目が何もなさすぎんよ」


 元々乗り気でなかった仕事だ。このまま伯爵に引き渡すだけで終わるなら、命を懸けた価値がない。彼は苛立ちを隠さなかった。


 すると、馬車を覗きこんでいた騎士Cが、何か閃いたように顔を上げた。その目は欲望の色に濡れている。


「それじゃぁよ。俺達でこいつを味見しねぇか?」


 静かな水辺に、その提案はあまりにも下劣に響いた。


「おい! 伯爵様に殺されるぞ!」


 騎士Bが即座に反対する。伯爵の執着は異常なほどだ。獲物に手を出すなど、自殺行為に等しい。


「大丈夫だって。どんな状態だったかなんて知らないんだからよ。道中で病気になったとか、暴れて怪我をしたとか、どうとでも言えるだろ。俺興味あったんだよね。金持ちがこぞって欲しがる獣人がどんな塩梅かってさ。見ろよ。こんな別嬪とやれる機会なんてそうはないぜ?」


 騎士Cは、馬車の中を指し示し、下卑た笑いを浮かべた。彼の視線は、狭い馬車の床に転がる獣人の少女、リルに注がれていた。


 肩口まである真っ白な髪、雪のように白い肌。そのコントラストは、この辺境の埃っぽい風景には似つかわしくないほどに美しかった。金色の瞳は、手足と口を猿轡で縛られた状態でも、騎士たちを強く睨みつけていた。フェンと同じような、ピンと立った耳と、毛先が揺れる尻尾が、彼女が人間ではないことを示している。


「ははっ、いいねぇ。反抗的なのがよりそそるぜ。ちょっとばかり幼い気もするが、それも乙ってもんだ。なに、先に調教しておいてやるだけさ。仕事熱心だからな、俺は」


 騎士Cは、涎を拭うように口元を歪ませた。


「ちっ、ずりぃぞ。そうゆうことなら俺も混ぜろよ!」


 騎士Aが、それまでの不満を忘れたかのように立ち上がる。危険な任務で得た報奨を、この場で得ようという浅ましい欲望が、彼の疲労を吹き飛ばした。


「お前らは……、はぁ、仕方ない……」


 騎士Bも観念した。どうせ面倒な仕事だ。少しくらいの甘い汁を吸っても罰は当たらないだろう。二対一となり、反対する理由もなくなった。


 騎士Aが馬車に向かって一歩踏み出した、その瞬間だった。


 全身の毛が逆立つような、凍てつく悪寒が彼の背筋を駆け上がった。反射的に振り向くと、そこには、数秒前まで確かに何もいなかったはずの空間に、異様な人物が立っていた。


 大柄で、騎士たちの誰よりも背が高い。全身を分厚い外套が包み込んでいるが、その下に隠された体躯は岩のように硬質に見えた。何よりも目を引くのは、その頭部だった。


 二つある。


 片方は、深くフードを目深に被っており、その表情は闇に覆われて窺い知れない。

 もう片方は、肩から突き出すように生えており、鬼の形相をした、禍々しい仮面を被っていた。仮面の下から覗く気配は、人間のものではなかった。


「き、貴様は一体なんだ!」


 反射的な恐怖が、騎士Aに叫びと抜剣を促した。剣を引き抜き、切っ先を異様な人物に向けた。


 異様な人物は、一歩も動かない。外套の中から、何か細長いものの先端が突き出される。それは杖のようにも見えた。


 フードの奥から、くぐもってはいるが高めの声が、抑揚なく響いた。


「<ショックライトニング>」


 短い詠唱が終わるや否や、杖の先端から青白い稲妻が迸った。それは一直線に騎士Aの胸部を貫く。


「あばばばびびびびばばばばっがはっ――」


 騎士Aの身体が痙攣し、鎧が焦げ付く臭いが広がる。彼はぶすぶすと煙を上げながら、力なく地面に倒れ込んだ。


「なんだ! 魔法使い!」


「応戦しろ!」


 騎士BとCは、一瞬の動揺を乗り越え、即座に剣を構えた。さすがは訓練された騎士だ。魔法使いとの戦闘では、距離を詰めるのが定石だと知っている。


 騎士Cが、倒れた仲間を跨ぎ、咆哮とともに異様な人物に肉薄した。


「この距離ならすぐに魔法は放てまい! はぁっ!」


 彼は全身の体重を乗せ、異様な人物の脇腹を目がけて横なぎに剣を振り抜いた。


 キンッ!


 硬質な音が響き渡り、火花が散る。外套の下に着込んでいるのか、剣は肉を切り裂く感触を得られず、固い金属に弾かれたかのように止まった。


 騎士Cは驚愕したが、すぐに剣を引き、体勢を立て直す。目標を、より無防備に見える頭部へと変えた。フードを被った頭部に向かって、鋭い突きを放つ。


 しかし、異様な人物は避けない。むしろ一歩前進し、フードの頭部の側面を、騎士の剣に向かって晒した。


 その背中側の外套が、まるで生き物のように蠢いた。鬼の仮面の下からではなく、フードの奥から、くぐもったうめき声のような低い音が聞こえる。


「あ゛ーう゛ぁ゛ー<反転リフレクション>」


 騎士Cが放った突きは、頭部を貫くどころか、まるで衝撃がそのまま返ってきたかのように、彼の腕ごと剣を弾き返した。


「――なんだとっ!」


 弾かれた衝撃で、騎士Cの右腕の関節が悲鳴をあげた。彼は思わず後ろに後ずさるが、異様な人物はそれを許さない。その巨体は、まるで滑るように前進し、瞬く間に騎士Cに密着した。


 騎士Cの顎に、異様な人物の外套の下から、何かの硬いものが押し当てられる。骨を砕くような圧迫感。


 今度は、くぐもった、しかしより低い声が、騎士の耳元で囁いた。


「<衝撃インパクト>」


 ズン、という重い音が響いた。


 鈍器で殴られたかのような、全身を揺さぶる衝撃が騎士Cの身体を襲う。彼は眼球を上転させ、意識を保つことができず、そのまま重力に従って地面に崩れ落ちた。


 残された騎士Bは、目の前で起きた超常的な出来事に、全身の血の気が引くのを感じた。


 剣が弾かれ、魔法が跳ね返り、触れただけで仲間が倒れる。これは、人間ではない。


「ば、化け物――! ひぃぃぃぃ!」


 騎士の誇りも訓練も、全てが恐怖に塗り潰された。戦意を完全に喪失した騎士Bは、仲間を見捨てて逃走することを選んだ。彼は馬車に飛び乗り、手綱を掴んで、この場から一刻も早く立ち去ろうと試みた。


 しかし、車輪が回り始める前に、彼の足が、何かに引っ張られたかのように動かないことに気づいた。


「えっ? ――ぎゃぁぁぁぁ!」


 ものすごい力が、彼の足を掴んでいた。騎士Bは馬車から引きずり降ろされ、そのまま地面を滑るように、すぐそばを流れる川の中央へと引きずり込まれていく。


 パニックに陥った騎士は、水中で手足をバタバタと暴れさせたが、絡みついた何かのせいで身動きが取れない。重い鎧が彼を水底へと引きずり込み、彼は大量の水を飲み込んで、意識を失った。


 馬車の中にいたリルは、縛られたまま床に転がされていた。外で聞こえていた騎士たちの下卑た笑い声が、突如として怒鳴り声と悲鳴に変わり、そして、あっという間に静寂に包まれた。


 恐怖に震えながら、リルは外の状況を必死に探る。騎士たちはどうなった? あの下品な男たちは、もういないのか?


 ギシィ、と馬車が軋みを上げた。


 誰かが馬車のステップを上る音。重い足取り。


 意を決して顔を上げたリルは、その光景に息を呑んだ。


 背中を蠢かせ、二つの頭を持つ巨漢が、馬車の入り口を塞ぎ、自分を見降ろしていた。


 フードの頭は闇に覆われているが、もう一つの、鬼のような形相の仮面と目が合った。その仮面の奥に、人間とは違う、冷たく、しかしどこか見覚えのある金色の光が灯っているように見えた。


 恐怖は限界を超えていた。リルは金色の視線から逃れるように目を閉じ、そのまま意識を手放した。


***


 騎士たちは、気づくと冷たい河原に並べて寝かせられていた。鎧は濡れそぼり、騎士Aの鎧は焦げ付き、騎士Cの腕は激しく痛んでいた。夢でも見ていたのかと思うが、現実の痛みと、びしょ濡れの身体が、それが夢ではないと物語っていた。


 辺りには異様な人物の影はなかった。彼らは恐る恐る馬車を覗きこんだ。獣人の姿は、そこにはもうない。


 代わりに、床板に深く、鋭利な刃物で刻まれた文字があった。


――次はない――


 騎士たちは顔面蒼白になり、一言も口を利くことなく、馬車を連ねて逃げ帰った。


 その夜、オルボル伯爵の邸宅に、彼らが攫ったはずの獣人の姿がなかったことは言うまでもない。そして、一部の騎士の間で、辺境の奥地には、二つの頭を持つ悪魔が住み、誘拐を試みる者を容赦なく水底に引きずり込むという噂が、まことしやかに広がり始めた。それは、単なる噂として片付けられるには、あまりにも現実味を帯びた恐怖だった。

得体が知れない物ほど怖いものはない

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