嫌疑
「……村に入っていいそうです。長が待ってます」
先触れとして駆け戻ったフェンは、息を切らせながら報告した。彼の着ているチュニックは、トランスの治癒魔法で傷は塞がったものの、泥と血痕でひどく汚れたままだ。その姿を見た村人たちの間で、ざわめきが起こっていた。
土埃が舞う簡素な集落は、街道から森の奥深くへ続く秘密の場所に位置していた。石と木材で造られた粗末な住居が立ち並び、猫や狐、そして翼を持つ獣人たちが、馬車を取り囲むようにして立ち止まっている。彼らの瞳は鋭く、全身から発せられる警戒心は、肌を刺すような寒気となってトランス一行に降り注いだ。
「大丈夫だ。この人たちが助けてくれた。妹のリルを連れ去ったのは、この人たちじゃない」
ロブが前に進み出た。
「ご心配をおかけしました。私がロブと申します。旅の商人でして、この騎士トランス殿の助けで、フェン殿は無事です」
ロブの柔和な笑みと丁寧な言葉は、しかし、獣人たちの警戒を解くには至らなかった。彼らの多くは、人族の騎士や商人に裏切られた過去を持つ。
やがて、集落の奥から、岩のような巨躯を持つ獅子の獣人が姿を現した。ラオだった。彼の体格はトランスにも劣らない威圧感を放ち、その鋭い眼光は、一行を値踏みするように見つめた。
「フェンが助けられたのは、僥倖。まずは礼を言おう」
ラオの声は低く重厚で、唸るような響きを持っていた。彼はトランスを一瞥したが、会釈のみで言葉は続かない。
ロブは穏やかに返した。「恐縮です。助けたのは、こちらのトランスさんです」
トランスは一歩前に出て、小さく頷いた。全身を覆うくすんだ鉄色の鎧、特に胸部の大きな穴が、周囲の獣人たちの視線を集める。
ラオはトランスを凝視した後、口を開いた。
「だが、信用はしない。お前たちを疑っているんだ」
張り詰めた沈黙が流れる。トニーがカッとなって声を上げた。
「おい、待てよ! 俺たちは命懸けでコイツを助けたんだぜ! それなのに、疑うってどういうことだ!」
ラオはトニーを睨みつけた。その琥珀色の瞳には、歴戦の猛者特有の殺気が宿っている。トニーは、言葉を飲み込み、反射的に一歩後ずさった。彼の軽薄な笑みが凍りつく。
ロブは冷静だった。
「ごもっともです。私達が協力者であると疑われても仕方ないでしょう。私達人族が、過去に貴方たちに何をしてきたか、私も存じております」
フェンが慌てて割って入った。「違う! ラオ様、この人たちは本当に悪い人じゃない! トランスさんは、僕を治してくれた!」
「黙れ、フェン」ラオは冷徹に言い放った。「これも計画の内かもしれん。甘い言葉で信用させ、集落を内部から崩壊させる謀略は、過去に何度もあった」
ラオは深いため息をついた。彼の厳しい態度は、全て一族を守るという強い決意に基づいている。
「我々はすぐにリルを助けにいくつもりだ。むろん、報復もな。リルを連れ去った奴らに、獣人族の怒りを知らしめる」
ラオの言葉に、周囲の獣人たちが雄叫びのような声を上げた。
「お待ちください!」ロブが強い口調で遮った。「それは相手の思うつぼです。相手は、貴方たちが報復に来ることを予期している。もし集落の戦力が低下すれば、次の襲撃に晒される危険性が高まります。集落の安全を優先すべきではないでしょうか」
「我々に同胞を見捨てろというのか?」ラオの怒気が、地面を揺るがすように響いた。
その時、サラが前に出た。彼女の淡いブロンドの髪が風に揺れる。
「見捨てるなど、誰も言っていません。私達が助けにいきます!」
サラの宣言は、場を一瞬で静まらせた。
ラオは鼻で笑った。「お前たち、たかが人族の冒険者数名でか?」
トランスは、静かに一歩踏み出した。彼の全身を覆う古びた鎧が、鈍い音を立てる。背中には、リーゼが彼の首にしがみつき、不安げなうめき声を漏らしている。
トランスは、ラオの威圧的な視線を真っ直ぐに受け止めた。極度に寡黙な彼が、感情を排した冷静沈着な声で、しかし、強い信念を込めて口を開いた。
「罪なき者を守ることが、騎士の本懐だ。そこに種族の優劣など、存在しない」
その言葉は、彼自身の過去への贖罪であり、未だ失われた記憶の中で唯一残る、騎士としての責務の表明だった。
ラオは、トランスの瞳の奥に宿る、揺るぎない正義感を見た。その視線は、彼がこれまで出会ってきた、傲慢な人族の騎士とは明らかに異なっていた。
「……違える気はあるまいな?」ラオは低い声で問うた。
トランスは、腰の錆びた剣に手をかけた。
「我が剣に誓って」
カシャン、と音を立てて、トランスが剣を抜き放つ。
その瞬間、獣人たちの間に再び静寂が訪れた。トランスが携えていた、先の欠けた錆びた剣は、もはやそこにはなかった。
代わりにトランスの手に握られていたのは、オーガの血を浴びたかのように真紅に輝く、重厚な片手剣だった。複雑な装飾が施されたその剣は、まるで森の主の力が宿っているかのように、周囲の空気を震わせる。
獣人たちは、その剣の持つ原始的な力に、本能的に畏怖した。彼らは、その剣が人族の武器ではなく、大自然の精霊に認められた証であることを知っていた。
ラオは、目を見開き、数秒間言葉を失った。
「その剣……」
「これが俺の責務だ」トランスは簡潔に言い放ち、剣を鞘に収めた。
ラオは深く頷いた。彼の警戒心は、トランスの圧倒的な力と、言葉に宿る真摯さによって、少し解けたのは誰の目にみても明らかだった。
「わかった。貴殿らの力を借りよう。だが、集落の安全は最優先だ。お前らから誰かを置いていけ。万が一、貴殿らが裏切った場合、わかっているな」
ラオの要求は合理的だった。ロブが即座に応じた。
「承知いたしました。そして、リル救出の成功率を高めるため、役割を分担しましょう」
ロブは、商人の顔から策略家の顔へと切り替わった。
「トランスさん、サラさん、ベックさん、そしてフェン殿、貴殿らは救出班として先行してください。私とトニーは、馬車ごとここに残ります」
「なんで俺!」トニーが抗議の声を上げた。彼の琥珀色の瞳は不満に燃えている。
ロブはトニーの肩に手を置いた。「トニー君、君の弓の腕は超一流だ。だからこそ、君は残るべきだ」
「どういう意味だよ?」
「奴隷商は、リルを商品として確保している。我々の目的は救出であり、虐殺ではない。君の矢は正確すぎて、奴隷商を射殺してしまう可能性が高い。そうなれば、彼らはリルを人質として利用したり、最悪の場合、商品価値を失わせるために危害を加えるかもしれない」
トニーはぐっと言葉に詰まった。
ロブは続けた。「君の力は、ここ、集落の防衛にこそ必要だ。万が一、我々が失敗し、奴隷商がこの集落の場所を突き止めた時、君の索敵能力と長距離火力が、集落の命運を分ける」
トニーは唇を噛み締め、悔しそうに弓を握った。「……チッ。わかったよ、旦那」
「サラ殿の魔法は、鎧を着た鈍重な相手には効果が的面でしょう」
サラは、胸元の銀細工のペンダントを強く握りしめた。彼女の不安は消えないが、ロブの論理的な説明に反論はできなかった。
「ベック、貴殿は?」ロブが尋ねる。
ベックは短剣を弄びながら、軽薄な笑みを浮かべた。
「俺は、顔が割れると冒険者業としては不味いんでな。護衛として、影からサポートに徹する。トランスの旦那が、真正面から突っ込まないようにするのも、俺の仕事だ」
ラオは、フェンに目を向けた。
「フェン、お前は追跡役だ。この集落の獣人族としての誇りを、貴様が連中に見せつけろ」
フェンは、金色の瞳を輝かせ、力強く頷いた。「はい! 必ずリルを連れ戻します!」
トランスは、改めて救出隊の面々を見渡した。背中のリーゼは、彼の肩に顔を埋め、静かに呼吸している。
「頼むぞ。リーゼ、サラ、ベック、フェン」
トランスの短い言葉に、仲間たちが応える。
サラは、外套を羽織り、ローブの露出を隠した。「頑張ります! 」
リーゼは、トランスの肩越しに、小さな「うー!」という肯定の音を漏らした。
ベックは短剣の鞘を軽く撫でる。「おぅよ。さっさと終わらせるぞ、トランスの旦那」
フェンは、全身に力を込めた。「よろしくお願いします!」
トランスは頷き、真紅の剣をしっかりと腰に帯びた。彼の胸の穴は、依然として暗い影を宿しているが、その足取りには迷いがなかった。
リル救出作戦が、緊迫の中で正式に始動した。ラオとロブ、そしてトニーに見送られ、トランス、サラ、ベック、フェン、そしてリーゼを背負った騎士は、獣人の森深くへと踏み込んでいった。
この世界での共通認識 魔法使い>騎士>冒険者>魔法使い
魔法使いは騎士に強い 動きの遅い騎士を一方的に攻撃出来る。防御力無視。
騎士は冒険者に強い 軽装の冒険者の武器は鎧に通用しづらい。対人特化
冒険者は魔法使いに強い 基本的に軽装なので回避率が高いので、魔法使いに接近しやすい
魔物は種類や特性により、全てに置いて優劣が変動する




