サラの事情
仕事が意欲と時間を削っていく…… 遅ればせながら更新です。
道は、辺境の街ハガイから、王都へ向かう交易路の端を縫っていた。
全身を覆うくすんだ鉄色の聖鎧は、長年の戦いと風雨によって深く傷つき、無数の錆と汚れに覆われている。トランスは、その重厚な甲冑の内側で、思考の深淵に沈んでいた。
背中には、リーゼが慈悲のマントに包まれて眠っている。彼女の微かな呼吸と、トランスの心臓の鼓動だけが、この旅の静かなリズムだった。
トランスの脳裏に、ハガイのギルドマスター、バラックから聞かされた言葉が反芻されていた。
* * *
「サラなんだがね。実は魔人族と人族のハーフなんだよ。わたしの妻が魔族なんだ。俗に言う魔女と言う奴でね。死に際に魔力の継承を行うために帰ってきていたんだ」
バラックは、穏やかながらも深い憂いを瞳に湛えていた。その視線は、トランスの全身を覆う古びた鎧、そして背中のリーゼへと、一度ずつ向けられた。
「魔力とは万能の力であり、神の力。だが、過ぎたる魔力は身を亡ぼす。サラはハーフ故か、有り余る魔力を上手く変換出来ない。妻の形見の杖が、膨大な魔力の暴走を抑えているが、いつ限界がくるかわからないのだ」
魔人族の特徴は紫色の瞳だが、サラは人族の血が濃く、暴走時も真っ赤な瞳になるため、その危険性を外部からは判別しにくいという。そして、バラックは騎士であるトランスに、一介の冒険者では解決し得ない、あるいは理解し得ない問題を託そうとした。
「君の身に纏うその鎧、そして君が背負う少女には、何か特別な力があると直感している。……できる範囲でいい、サラを見守ってあげてくれないだろうか?」
トランスは、その時、わずかに眉根を動かした。自身の過去も、この鎧の真実も、何一つ思い出せない。だが、バラックの言葉には、娘を案じる親としての純粋な情と、辺境の街を守る者としての責任感が滲んでいた。
リーゼがサラに懐くのは、彼女の特殊な体質が、サラの魔力吸収効率の良さに惹かれているのかもしれない。だが、理由はどうあれ、リーゼはトランスにとって、恐怖に打ち勝ち、戦うための唯一無二の存在だ。
トランスは、バラックの問いかけに対し、極度に簡潔な言葉で応じた。
「……承知した。私に、できることがあれば、対応する」
それは、トランスが失われた過去を抱えながらも、現在を生きる者としての責務を見つけ出す、静かな決意表明だった。
* * *
トランスは、自身の感情を抑制するように、無意識に深く息を吐いた。己の存在そのものが、この世界では特異であり、異物だ。差別や不信に晒されるというサラの立場を、トランスは理解できる。
全身を覆うこの鉄の塊は、トランスが人間性を保つための生理現象さえ奪い、彼を半分生きた屍へと変えている。サラが抱える魔力の過剰な力も、トランスの胸に空いた穴と同じ、存在の根幹に関わる致命的な欠陥だ。
トランスは、静かに誓う。いざというとき、理不尽な暴力や差別に直面したとき、自分が盾になろう。それが、記憶を失った騎士にできる、唯一の責務だ。
――その思考が、再び過去の暗闇へと沈み込もうとした瞬間。
「うー」
背中から、小さな衝撃が兜を叩いた。リーゼだ。彼女はトランスの思考が内向きになりすぎると、決まってこうして注意を促す。
トランスは思考を断ち切った。
「……いる」
トランスは極端に短い単語で応答し、前方に視線を戻した。
一隊は、ロブを中央に、トランスが前衛、ベックが後衛、トニーが左右の警戒を担当する、基本の隊列を組んで旅路を進んでいた。
「トランスさん! 誰か倒れています!」
少し前方、街道脇の草むらを指差し、サラが声を上げた。彼女の声には、いつもの理知的な冷静さの中に、わずかな動揺が混じっている。その瞳は澄み切った水色を保っていた。胸元の銀細工のペンダントが、微かに光を反射していた。




