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亡国の騎士  作者: 黒夢


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獣王の牙

数分前まで騒然としていた森の道は、再び静寂を取り戻していた。オークの巨体は、血と泥に塗れて横たわっている。


トランスは、真紅の片手剣を鞘に納めた。全身を覆うくすんだ鉄色の古びた鎧には、オークの棍棒による打撃跡が残っているが、胸の穴は相変わらず虚ろなままだ。リーゼは再び彼の背中で穏やかな寝息を立てており、純白の慈悲のマントが彼女の小さな体を包み込んでいる。


「……完了した」


ベックは、トランスの剣の打ち合いを目の当たりにし、驚きを隠せない様子だった。彼は腰に納めた短剣の血を拭いながら、不精ヒゲを撫でた。


「こいつぁ、すごいな。あの巨体の突進を真っ向から受け止め、しかも棍棒を粉砕するとは。あれは、ただの筋力じゃねぇ。魔法の域だ」


「へへ、俺っちの弓だって負けてねぇぜ!」


トニーが木の上からひらりと軽快に降りてきた。彼の足元には、緑色の保護色を持つフォレストエイプが二体、喉を矢で貫かれて絶命している。トニーは、矢筒から予備の矢を引き抜きながら、得意げに笑った。


「すばしっこいのは俺に任せとけって言っただろ? トランスの旦那がでかいの片付けてくれたおかげで、俺も集中できたぜ!」


トランスはトニーに視線を送った。彼の能力は、この旅において貴重な斥候であり、長距離火力だ。


「……助かった。手際が良い」


一方で、馬車を守っていたサラは、悔しそうに唇を噛んでいた。彼女の足元には、風の刃が地面を浅く抉った跡が残っている。狙いを外したのだ。


「……また、一拍遅れた。風の魔法ウインドカッターの軌道が定まらない」


ロブが馬車から降りてきた。彼は戦闘中も冷静に馬車を操り、トランスの動きを観察していた。


ロブは、トランスの腰の剣に再び視線を向け、恭しく頭を下げた。


「トランス殿、先ほどの戦闘、誠に見事でした。そして、その剣の力……私の鑑定は、どうやら正しかったようです」


ロブは、馬車の中で集中して鑑定を行った結果を、静かに語り始めた。彼の声は優雅だが、その言葉には確固たる知識が宿っている。


「その剣の名は、**『獣王の牙(ベスティアファング)』**。貴殿がオーガを倒し、森の主に認められたたことで、その真価を顕現したのでしょう。ただの武器ではありません。着用者の筋力を向上させる効果があり、さらに、魔力を流し込むことで、強大な衝撃波を発生させる能力を持ちます。先ほどオークの棍棒を弾き飛ばした、あの力ですな」


トランスは静かに頷いた。


「……衝撃インパクト。そのトリガーワードを、無意識に選択していた」


「まさに。そして、この剣には、極めて興味深い『制約』が付与されています」ロブは軽く笑みを浮かべた。「貴殿以外が、この剣を武器として使用しようとすると、その重さゆえに持ち上げることすら叶いません。これは、剣そのものが貴殿の魂と共鳴し、着用者を選別している証拠。盗難の心配は無用ですな」


トニーが目を輝かせた。


「マジかよ! すげぇな、旦那! 俺もそういう、俺専用の武器が欲しいぜぇ」


ベックは肩を竦めた。彼は、トランスの力を認めたことで、以前の軽蔑的な態度を完全に捨てていた。


「お前には、そのロングボウが一番似合ってる。俺の得物なんざ、魔物の糸を加工したもんだ。高価で補充も効かねぇ。お前みたいにポンポン撃てる矢とは訳が違う」


「へへ、ベックの旦那の『蜘蛛の魔糸』もすげぇよな! あんな細い糸でオークを拘束できるんだから、トリッキーで最高だぜ!」


ベックは珍しく、皮肉屋の顔を緩ませた。


「まあな。命を預ける道具だ。使い慣れたものが一番だ。だが、あの糸はな……使用後が面倒でな」


トニーとベックは、互いの武器の特性を熱心に語り合い始めた。彼らの間に、いつの間にか兄弟のような親密な雰囲気が生まれていた。トランスは、彼らの軽快な会話を背中で聞きながら、自分がこの旅団の一員として受け入れられていることを感じていた。


ロブは、トニーとベックに馬車の点検を任せ、トランスの隣で出発の準備を進めていた。その傍らで、サラが俯いているのに気づいた。


トランスの背中では、リーゼが目を覚ましていた。彼女は、トランスの兜の隙間からサラの様子を伺い、小さな手を伸ばした。純白の慈悲のマントは、その小さな体から発せられる魔力を静かに吸収している。


リーゼは、サラの髪を「ぺしぺし」と軽く叩いた。言葉を発せない彼女の行動は、心配していることを伝える唯一の方法だった。


サラは顔を上げ、リーゼの翠色の瞳を見つめた。その瞳には、彼女自身の苦難を乗り越えてきた、不屈の意志が宿っている。


「リーゼ、ありがとう」サラはか細い声で言った。「大丈夫。ただ……その、足引っ張ってるなぁって思って」


彼女は、先ほどの戦闘で、魔法の発動が遅延したことを気に病んでいた。


「魔力吸収効率は、高いんです。でも、変換効率が悪くて……魔法の発動がいつも遅れる。狙いが定まらないんです」


サラは俯き、胸元の銀細工のペンダントを強く握りしめた。これは、不安定な魔力を制御するための補助具だ。


「私、以前のチームでは、役立たずだって言われて……」


トランスは、リーゼがサラの頬に手を当てるのを見ていた。リーゼの献身的な優しさが、サラの痛みを和らげようとしている。


トランスは、一歩踏み出し、サラの正面に立った。彼のくすんだ鉄色の鎧は、その場に重々しい威圧感を放ったが、彼が発する言葉には、根底にある優しさが滲んでいた。


「……問題ない。誰も、貴殿を責めていない」


トランスは、滅多に感情を表に出さないが、サラの苦悩は、彼自身の記憶喪失による不安と重なるものがあった。自分が何者かわからない、制御できない力が体内に流れている。彼の不安感は、サラの「制御不安定」という致命的な欠点と、深く共鳴していた。


「貴殿の知性は、この旅に不可欠だ。戦闘技術だけが、助けになるわけではない」


彼はわずかに首を傾げた。


「何か、私に力になれるかもしれない。遠慮せず、言ってくれ。それが、俺の責務だ」


トランスの言葉は短く、断定的だったが、その中に含まれた温かさ――それは、彼が心から信頼を置いた相手にのみ見せる態度だった――に、サラは驚いたように目を見開いた。


サラの顔に、心からの笑顔が浮かんだ。彼女は、トランスの分厚い鉄の腕を見上げた。


「トランスさん、ありがとうございます。そうですね……トランスさんこそ、頼ってくださいね」


トランスは、その言葉を受け取り、深く頷いた。


トランスは、そこでふと、数日前にバラックから言われた言葉を思い出した。


トランスは、サラが肌身離さず持っている、古びた杖に視線を向けた。その杖は、母親の形見であり、魔力の暴走を抑える補助タンクのような役割を果たしていると、バラックは説明していた。しかし、サラの体質が吸収する膨大な魔力の前で、その杖は限界を迎えつつある。


「……どうしたものか」


トランスは、深く、人知れずため息をついた。重い鎧が、その微かな呼吸音さえも掻き消した。兜の奥深く、暗い影に隠された彼の素顔は、深い思索に沈んでいた。

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