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亡国の騎士  作者: 黒夢
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震える鎧

 トランスは、露店で水と干し肉を購入し、街を出た。口元だけを開き、飲み食いしながら目的地に向かう。腰の小袋に手をやると、自然とため息が溢れた。ギルドへの登録料と、孤児に渡した銅貨で、路銀は尽きてしまっていたのだ。野宿は覚悟するとして、せめて今後の食い扶持ぐらい稼いでおこうと先を急いだ。


「このあたりか?」


 誰に言う訳ではないが、確かめるように呟き、周囲を見渡すと、森の付近にあるうっそうと茂る草原だ。ところどころに、ギルドで見た薬草らしきものが確認できる。トランスはしゃがみこむと、依頼の薬草探しを始めるのだった。


「困ったな……」


 薬草を探し始めて小一時間はたっただろうか、トランスは今、呆然と立ち尽くしていた。よくよく見て覚えていたはずの薬草であったが、いざ探し始めては見たものの、似たような草が多く訳がわからなくなってしまっていた。最初は覚えていたつもりが、うろ覚えになり自信がない。又、少量づつまばらに点在しているのも作業の遅延に拍車をかけていた。


「ここまでだな」


 トランスは、片手に納まる程度しか集まらなかった薬草に辟易しながら、オレンジ色に染まる空を見つめた。そろそろ野営の準備をしなければならないだろう。街に戻る時間もないし、戻ったところでお金もないのだ。森の浅いところで、枯木を集めると、見晴らしのいい草原に引き返し、魔法で火を起こすことにした。幸い魔物がいるような気配はないし、野生動物であれば、わざわざ火の傍によってくることはないだろう。


「<フレイム>」


 枯木を積み、魔法を唱えると手の平から火の手が上がる。この世界ではほとんどの人間が使える初歩の魔法だ。トランスは、焚火の傍に腰を落とすと、炎の揺らめきを見つめながら、思いに耽った。


 ある小国の騎士であったトランスは、仲のよい親友兼ライバルがいた。貧しい産まれであった二人であったが、城を抜け出した少女と出会い、親交を結んだ。使い古された物語のように、少女と親交を深めた二人は剣において頭角を現し、近衛騎士にまで登り詰めた。そのままでよかった。あれ以上を望んではいなかった。だが、ある事件がそれを許さなかった。様々な悪意が小国を襲い、国は亡びた。ゆらゆらと揺らめく炎が悪夢を呼び起こす。魔物の群れにより燃え盛る街、あちこちから悲鳴が聞こえ、原形をとどめぬ死体から鼻につく悪臭が漂う。


 手も足も出なかった。仕えるべきものを守る為の騎士でありながら、国も、人も、友人でさえ守ることができず。おめおめと一人生き延びてしまったのだ。気づけばカタカタと震え、鎧のこすれあう音が静かな夜に響く。じっとりとかいた汗は、彼の深刻なトラウマを物語る。彼の心は折れてしまったのだ。腰に下げる半ばから折れた剣のように。だが、自死することも叶わない。彼をかばい死んだ友人たちの声が、今も踏み止まらせる。精も根も尽き果てながらも、逃げ続けて来た頭に響き続ける。


『お前は生きろ!』

『あなたは生きて……』


 それは祝福か、それとも呪いか、まるでこの鎧のようだと、トランスは震える手を握りしめた。


 チュンチュンと騒がしい鳥の声に、トランスは、寝不足と過労にて重くなった頭を上げる。久々に人のいる街近くに来て気が抜けたのか、見張りもいない野営で寝てしまっていたらしい。そのことに驚きつつも、気づかぬ内に襲われて死んでしまってもよかったのにとどこかで思い苦笑した。


 周囲を見渡すと、遠目に他の冒険者の姿が見える。依頼に採取場所が記載してあるのだから当然と言えば当然だが、遠巻きに様子を窺う姿に、つくづくこの鎧は厄介だとトランスは思うのだった。


「ん?」


 さすがに今日は依頼を達成しなければ、食事もままならないとトランスが腰を上げようとすると、足元にキアラ草とヒアル草の束が置いてあることに気付く。疑問に思いしばし固まっていると、トテトテとボロボロの布切れを着た子供が走って近づいてくる。二つの薬草の束に、握っていた薬草を追加すると、受付の時のようにボロボロのマントの端を掴み、じッと見つめ返してきた。


「登録出来ただろう? 自分で換金したらどうだ?」


 トランスが声をかけるが、子供は首を横に振り、銅貨()()を薬草の傍に添えた。


「む……」


 子供を気にかけていたあの受付の女性であれば、登録ぐらい融通してくれるだろうとトランスは考えていた。あえてわざとらしく現状を伝えて来たぐらいだ。この様子ではわざわざ後を追ってきたのだろう。変に懐かれてしまったようだ。


「いいか、期待されても困る。俺はな――」

「ギアアアアアアアア」


 トランスが子供に言い聞かせようとすると、森の方から魔物と思われる雄たけびが聞こえ、思わず視線を向けた。身長は大人の腰ほどしかないが、緑の表皮を持ち、口は大きく裂けて不揃いの牙が並んでいる。ゴブリンという魔物だ。単体自体では大したことのない魔物だが、ふとおかしいことに気付く。普通木で出来たこん棒を持っていることが多いが、身の丈に合わない鉄の剣を腰に下げている。それに、雄たけびを上げてわざわざ注目を浴びておきながら、森の淵から出てくる気配がない。


「おっ、ラッキー。俺がもらっちゃうぜ」

「待て! 様子がおかしい!」

「悪いけど、早い物がちだからな!」


 慌てて静止するが、近くにいた冒険者が我先にと向かっていく。首元に見えた銅のプレートから、普段から狩り慣れているのだろう。


「ギャギャギャ」

「逃がすかよ!」


 ゴブリンがゆっくりと森に下がっていくと、冒険者がそれに追いすがった。木々の擦れる音がガサガサと聞こえ、しばらくすると鎮まり返った。


 ゴクリッと、唾液を飲み込む音が妙に大きく聞こえる。いつまで続くのかと思われる静寂の中、森からポンッと驚愕の表情を浮かべた冒険者の生首が飛び出し転がった。


「逃げろ……逃げろっ!」


 マントを掴んで固まっていた子供に、薬草と銅貨を押し付け背中を押し出す。刻み込まれたトラウマにトランスの身体は震え、兜によって見えないが、顔面は蒼白になっている。虚勢を張って身体だけは森に向けているものの、冷や汗が止まらず、カタカタと擦れ合う鎧の音が耳障りだ。なおもマントにしがみつく子供に向かって、諭すようにトランスは言った。


「頼む、俺はまともに戦えない。守ってやることはできない。ほら、これをやろう」


 トランスはマントを外すと、子供に被せる。ちょうど背中側に空いた穴から顔を出すと、まるでポンチョのようになった。視線を森に戻すと、皮の胸当てを付けたゴブリンが三体現れる。そして、木の陰から冒険者の足をむさぼりながら、豚の顔をした巨体が顔を出した。オークだ。手には斧を持ち、鎖帷子を着こんでいる。人を襲い、奪った装備品だろう。にやけた表情から、こちらを脅威ではないと判断して姿を見せたのだろう。


「よし、これで幾分かマシになったな。街に戻って、知らせてくれると助かる」


 子供は呆気に取られたような表情をしたあと、何度か振り返りながらも、街に向かって走り出した。


「ここが俺の死に場所らしい……。国は守れなかったが、せめて子供一人ぐらいは守ってみせろ」


 トランスは、自分に言い聞かせるように呟くと、鞘から折れた剣を引き抜いた。その切っ先は、言葉とは裏腹に震えていた。

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