森の主
「きゅうううん、きゅうううううん!」
ウリの喜びとも、悲しみともとれる雄たけびが森に響く。先ほどまでの争いが嘘だったかのように、森は静けさを取り戻していた。ただ、ウリの雄たけびだけがどこまでも響き続けた。
トニーはベックとハイタッチし、勝利を分かち合っている。さっきまでの緊張感は嘘のようだ。切り替えの早さはさすがトニーと言ったところだろう。
「よっしゃぁ! 勝利勝利、完全勝利! ベックさんもすげぇなあれ? 後で教えてくれよ!」
「まぁ切り札って奴さ。銀級ともなると搦手の一つでもないとやってらんねぇのよ。そう簡単に教えられねぇよ。素材だって高価だしな。物用意してから言え」
「ちぇー、けちだなぁ」
反対に、サラはへたり込んでしまい、トランスがそれを支えた。リーゼは疲れたのか、トランスの背で静かに寝息を立てている。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます。死ぬかと思いました……。ふふっ、でも、お役に立てて良かったです」
顔色は悪いが、表情は明るい、緊張の糸が切れたのだろう。トランスがしばらく支えていると、すぐに自ら立ち上がった。
「さて、討伐部位を集めちゃいましょう? オーガは角で、オークは牙、ゴブリンは左耳ですね。角どこでしょうかね?」
元々冒険者をやっていただけあって、切り替えは早いものだった。トニーとベックに声をかけ、あちこちに散乱する死体から討伐部位を集めていく姿に、トランスは苦笑した。
ウリに目をやると、森の主の傍に寄り添い、静かにたたずんでいる。アーシャが森の主の子と言っていたのを思い出し、親の死を悲しんでいるのだろうかと目を細めた。森の主がオーガに深手を与えていなければ、この勝利はなかっただろう。そう思うと、自然とトランスの足は森の主の目の前まで歩み出ていた。
「きゅぅぅぅ」
「失礼する。誇り高き主に、感謝と敬意を」
ウリはトランスを一瞥すると、親を見上げ、悲しそうに鳴いた。トランスは兜のバイザーを開き、左膝を立て、右膝をつき地面に跪く。鉄の剣は放り投げてしまったので、半ばから折れた剣を抜き取り、逆手に目の前に掲げると、頭を垂れた。それは騎士として、森の主に捧げる精一杯の敬意の証明であった。
先程まで悲しみに暮れていたウリは、トランスの姿を見て首を傾げる。しばらく不思議そうに眺めていたが、その行為から何かを感じたのだろうか。まるで真似するかのようにしゃがみこむと、森の主に対して、頭を垂れた。精一杯の敬意を込めて。
ベックは遠目ながら、その姿を驚愕の表情で見ていた。しばらくすると、バツが悪そうな表情を浮かべ、トニーとサラを引き連れ、森の主に対して、お礼を述べると、黙祷を捧げた。眠そうな顔で、リーゼも必死に言葉を連ねる。
「あんがとよ……」
「さんきゅーな……」
「ありがとうございました……」
「あぅぅ、うぅぅ……」
しばらく誰も言葉を発することなく、風で揺れる木々のざわめきさえ、その場を慎むような静寂が流れた。
すると、森の主が光り輝き、ウリを包み込む。一同がその輝きに驚いていると、森の主の姿が跡形もなく消え、ウリが二倍ほどの大きさになっていた。ベックが思い出したように話しだす。
「これは……? 聞いたことがあるぜ。継承の儀だ」
「継承の儀ってなんだよ? ベックさん?」
「森の主が認めた者に、その座を明け渡す行為らしい。目の前で見たのは初めてだが、今までの力をそのまま認めた相手に継承するそうだ」
「わー、ウリちゃんが森の主になったんですね! ――って、トランスさん! 剣が光ってます!」
「ぬ?」
ウリの変貌に驚いていると、トランスの半ばから折れた剣が輝きだす。放り投げていた鉄の剣、オーガに突き刺さっていた角と、近くに転がっていたオーガの角が、光り輝きながらトランスの剣に吸い込まれていく。一瞬目も開けていられないような光を放つと、トランスの手に、真っ赤な刀身の剣が握られていた。ウリを含む一行の期待の眼差しが、なぜかベックに一斉に向けられる。
「さ、さすがにこれは知らねぇよ……」
困惑したベックの声が、静かな森に響いた。
物知りベックにもわからないことはあるようです