オーガとの闘い
反転の効果が薄い――このことはベック以外の三人を大いに焦らせていた。オークファイターでの戦いの際、上手く状況が噛み合ったとはいえ、一撃で再起不能に近い打撃を与えたのは記憶に新しかったからだ。
しかし、ベックに至っては反転そのものを知らなかったおかげか、トランスがオーガを押し返したことを悪い方に考えてはいなかった。その場の悪い空気を経験から感じ、咄嗟に払拭するように叫んだ。
「騎士さんよくやった! トニー! サラ! ぼけっとしてないで援護するぞ!」
「――っ!」
「――はいっ!」
ベックはオーガ後方、トニーはオーガ右側面、サラが左側に回り込み包囲する。トランスもベックの激励に、硬直した体制を立て直した。いざ相対すると、見上げるような巨体に息を飲む。
反転はそう何度も使えないと体感的に感じていた。使用したあとにごっそりと魔力を使用した虚脱感を感じたのだ。出来て1回、無理して2回。魔力切れを起こして昏睡すれば、確実に死が待っているだけだ。
「グルルルル」
先程の攻撃を警戒してか、様子を窺うようにオーガは唸っている。周囲が少し騒がしいが、目の前の不可思議な技を使う人間に、明らかな敵意を向けていた。
トランスは右手で鉄の剣を構え、左手をウリのほうへと向ける。そして、自身の状況を確認し、注意深く相手を観察した。オークの時とは違う、今は体力気力ともに充実している。魔力もまだ余裕があり、魔装である鎧は、フルプレートでありながら、まるで着ていないかのように軽い。
だが、相手の攻撃をまともに受ければ。只ではすまないだろうことは、丸太のように太い腕と巨体が物語る。森の主との戦った負傷だろうか、右半身はまともに機能していないように見える。先手を取られれば突進力で押される。攻めるのは反転を警戒している今だ。ならば――とトランスは駆けだした。
「リーゼ、しっかりつかまっていろ」
「うーうー!」
「ゴアアアア!」
急に向かってきたトランスに、左腕で掴みかかってくるが、先ほど見た全力の拳と比べれば遅い。左前方に肩から飛び退き、前転するような形で接近する。当然、反転を警戒した動作は、勢いに欠け、空を切る。しかし、殴れないなら捕まえる。その判断の早さに,短絡的に反転に頼っていたらどうなっていたかを想像し、トランスは肝を冷やした。
オーガは、接近したトランスを再度捕まえようとするが、目に向かって放たれた矢を反射的に左手でかばってしまった。トニーは思わず舌打ちする。
「ちっ、勘が良すぎるぜ」
「助かった!」
トランスは、オーガの股下をくぐりながら、左足に斬撃を見舞うが、浅く皮膚を傷つけるだけだ。そのまま滑るように力を込め、回転。振り向きざま右足の膝裏に、鉄の剣で切りつけた。しかし、固い皮膚に阻まれ、刃の半分も通らない。そのままの勢いを殺さず、通り抜けるように左側に離脱。すると、入れ替わるように投擲されたナイフが股下を潜る。オーガは怒りに震えながら、痛めた右足を軸に、回転するように、左半身をトランスに向かって追いすがる。
「ちぃっ、固い。柔らかい膝裏でもこれか……」
「ベテランが黙ってみてるわけにはいかねぇなぁ! そらっ!」
ベックが手を引くような動作をすると、投げたナイフが、オーガの右足を中心に、回転するような軌道を描く。よく目を凝らさないとわからない程の、細い糸がナイフの柄に括り付けてあるのだ。オーガの右足に巻き付くと、トランスがつけた裂傷に食い込んだ。
構わずオーガはトランスに左手を伸ばし、掴みかかろうとしていたが、苦悶の表情を浮かべ動きが止まる。
「魔物の糸で編んだ特別製だ。ちょっとやそっとじゃ切れねぇぞっと!」
ぐっと魔力を込めてベックがひっぱると、右足に食い込んだ糸が締まり、ぶしゅっと出血する。痛みに右足で踏ん張れず、思わず左足で踏ん張る形で、後ろ側によろけてしまった。
「今だ! 機動力を奪えばこっちのもんだ! 足を狙え!」
「お待たせしました! 氷の槍よ! 我が敵を貫け! <フリーズランス>」
「今度は避けんなよっと!」
踏ん張っていた左足に、魔力を溜めていたサラの氷の槍と、トニーの矢が矢継ぎ早に突き刺さる。
「グオオオオオオオオオオオオ!」
「ベック!」
「おうよ、もってけ」
なおも踏み止まるオーガに、トランスがすれ違いざまにベックから糸を受け取り、鉄の剣の柄に巻き付けていく。
「ウリ!」
「きゅいいいいい!」
いつの間にか走り寄ってきたウリに、トランスは飛び乗ると、そのまま糸をひっぱるようにウリは走った。そう、対峙していたときすでに、後ろ手でヒールをかけていたのだ。強靭な糸は傷口を抉るように締め付け、ウリの突進力で引っ張られることで、とうとうオーガは背中から仰向けに倒れ込んだ。
トランスは剣を捨て、ウリの背中をぽんぽんと叩く。
「俺が守る、思いっきり行け」
「きゅいきゅい!」
「グオオオオオオオオ!!」
ウリは全力でオーガに向かって突進する。倒れたものの、正面から向かってくるウリを迎え撃つように上体を起こし、左腕を振るう。
オーガにとっては二度退けた相手だった。また一撃で吹き飛ばし、態勢を立て直す。愚直に突進を繰り返す獣など、とるに足らない相手だ。その油断故に、背に跨る騎士を見落とした。
「リーゼ!」
「あーうーうー!!」
<反転>
「グア!?」
振り下ろされた渾身の一撃が倍加され反転する。跳ね返された拳は地面を叩くようにして、オーガの上体を跳ね上げさせた。
「ぎゅいいいいいいい!」
「ガ……アアア……」
その突進は、オーガの胸に突き刺さった角を捉え、深々と刺さった角から大量の出血を起こした。オーガはぴくぴくと痙攣した後、瞳から光を失い息絶えた。