グリフォンとハーピー
目的地に到着すると、そびえたつ岩山の岸壁に、ぽつぽつと魔物の姿が見える。獅子の胴体に、鷲の頭と翼を備えたグリフォン。ハーピーは、人間の女性のような顔と身体を持つが、両手は翼、足は鳥のものであり、かぎ爪は鋭い。空から家畜や人を襲い連れ去ってしまう恐ろしい魔物だ。特に、空を飛ばれてしまうと魔法や弓ぐらいしか手段がなく、討伐難易度も高くなっている。
「さて、思ったより数が多いな。どう切り崩すか」
ガウディが、顎に手を当てながら、思案していると、すぐそばを影が横切る。
「そんなの考えなくたって、攻撃あるのみでしょ」
「ナーシス!」
岩場付近は森も開けており、見通しが良くなっている。先制攻撃のアドバンテージを捨て、ナーシスはまるで舞台の主役のように、岸壁の前に躍り出て剣を抜いた。
「ほらほら、僕はここだよ。大金星をあげる魔物はどこかなぁ?」
「ギィエエエエエ!」
一斉に岩場にいた魔物達がいきりたち、ナーシスに向かって急降下を行う。それは砂糖に群がるアリのように、狂気すら感じる光景だった。このままでは、とトランスは最悪の光景を想像するが、ナーシスの余裕の表情が物語るように、猛攻を遮る者達が現れる。
「どっせぇぇええ」
「やらせるかい」
不屈の騎士団が、ナーシスを守るように飛び出す。大盾で殴りつけ、強弓が翼を射抜く。隻腕の槍が頭を貫き、次々と魔物が屠られていく。
「こうゆう相手なら、私の出番ですね」
サラが意識を集中すると、見えざる手に翼を止められ、落下するハーピー。グリフォンはうっとおしそうにするだけで、効果はないようだった。
「むー、やっぱり大物はダメです」
残念そうに唸るサラに、制空権を奪った相手とあたりをつけたのか、グリフォンが急降下する。そんな状況に関わらず、サラはナーシスに近づこうとするハーピーを優先し、他の団員もフォローにすら入らない。突然の乱戦に呆けていたトランスも、グリフォンの突進に割り込んだ。
「サラ!」
「あうあー!<反転>」
「あっ、トランスさん! ありがとうございます!」
「キエエエエ!」
吹き飛んだグリフォンが地面に数回叩きつけられるが、すぐに起き上がり、地面を力強く蹴り上げると、トランスなど眼中にないように、サラに向かって爪を振り上げる。
「させるか!」
「グウウゥルルルル」
咄嗟にトランスが斬りかかるが、爪にあたり、体重と勢いによって体勢を崩される。反対の爪がトランスを襲おうとしたとき、グリフォンの脇腹を抉るようにして豪槍が貫いた。
「……助かった」
「油断するな。こやつらは力だけでなく速度も速い。攻撃の反射は決定打にならんぞ」
「あぁ、しかし……、これはいったい」
淡々とハーピーを叩き落としながら忠告をするガウディ。だが、それ以上にトランスを困惑させたのは、まるで自分の損害を気にすることなく、ナーシスのフォローに入る団員達だった。必死にベルクが、団員たちを守るように立ち回っているが、人数の差もあり次々と傷ついていく姿が見える。
「あっ! 早くナーシスさんを援護しなきゃ!」
「おいっ! サラ! ……なんだこれは?」
「異常だろう?」
自らが危険に瀕していたにも関わらず、すぐに戦場の中心で剣を振るうナーシスのフォローへと入るサラに、トランスは冷や汗を流す。ガウディは重々しい声でその心境を言い当てた。
「奴が行く先々で、すべてが等しく自らを信奉する兵となる。故に博愛……だそうだ」
「それは……」
博愛と言えるのか? という疑問を口にするまでもなく。ガウディから放たれる威圧感は、それを明確に拒絶していた。
「おやっさん、頼む。俺だけじゃ手が回らねぇ。トランスさんも手伝ってくれ!」
ベルクの悲鳴にも近い助勢の乞いに、自らの騎士団が、手足のように使われているガウディが、無言で仲間たちを守るように立ち回る。トランスも、自らが傷つくことも厭わずナーシスを援護する団員やサラを守るため、その戦列へと参戦するが、思うように近づくことができない。
ハーピーは脆いが数が多く、グリフォンは個体の大きさが様々で、ある程度大きい個体にもなると、屈強な騎士ですら吹き飛ばされている。乱戦になるとサラに近づくことも難しくあると考えたトランスは、リーゼに語り掛けた。
「俺は余程ではなければ傷つくことはない。リーゼ、サラのことを頼めるか?」
「……あぅ!」
力強く頷いたリーゼを、トランスは抱きかかえるとゆっくりと地面へと降ろす。リーゼのマントはガウディより渡されたマントと同化していたため、リーゼが離れても、以前のように背中が丸見えになることはない。まるで花道のようにトランス、ガウディ、ベルクによって斬り轢かれた敵の中を、小さな影が駆けて行った。
「きゃっ! リーゼちゃん? トランスさんのところにいないと危ないよ! ってあれ? わたし?」
「あぅあぅ!」
リーゼは走り、サラの足に抱き着くようにして合流する。驚いただけにしては大きく動揺したサラの声は、新たに岸壁に現れた、ひときわ大きいグリフォンの声にかき消された。
「ガアアアアアアア!」
「でかいな。あれはもてはやされることしかできない小僧には重すぎる」
「なら、俺達が行くべきだろう」
傷だらけの鎧と、白き鎧がグリフォンへと立ち向かう。その背中に背負うマントは、年季こそ違うものの、似通った若草色をしていた。