まるでそれは毒のように
「やぁやぁ、よろしくね。冒険者としてとはいっても、入ったばかりの新人が怪我をしたら大変だからね。実地での実力も見たいから同行させてもらうよ」
「団長がいれば安心だな。よかったなぁ。今回の遠征は安泰だぞ」
「おい、団長の足をひっぱるんじゃねぇぞ。老害どもが」
「……行くぞ」
ナーシスが博愛の騎士団と思われる面々に見送られ、同行する。遠目からみても不屈の騎士団と見比べても、博愛の騎士団の鎧は新品と見間違えるほどきれいだった。口々にナーシスを称賛する声と、鈍鉄と蔑む声が聞こえるが、ガウディは気にすることなく出発を告げる。
「ナーシスさんは馬に乗ってますけど、皆さんは乗らないんですか?」
「グリフォンやハーピーの餌になるだけだしなぁ。森を進むから馬で進んでもスピードはでんよ」
「ただ見栄えとか疲れたくないとかそんな理由だろうよ。あいつは」
サラが団員と疑問を話し、ベルクは悪態をつきながらナーシスを睨みつける。そんなことは気付かず、ナーシスはガウディの隣を歩くトランスにひたすら話しかけていた。
「僕の騎士団は優秀な駿馬を揃えているよ。君に鎧は必要なさそうだけど、そうだね、品質のいい剣や槍、盾だってそろっている。もう少し腕を磨いたら副団長にしてあげてもいいよ」
「騎士団に入るつもりはない」
「ははは、負けそうになって悔しかったのかな? まぁでも、切磋琢磨すれば迫るぐらいまですぐに上達するさ。決闘をした君と僕の中だろう?」
「ナーシス、任務中に無駄口をたたくな。せっかく馬で来てるなら、先の偵察でもしてきたらどうだ?」
「はぁ、うるさいのがいるからまた後でにしようか」
これ見よがしに溜息をつくと、偵察にはいかず速度を下げ殿につく。サラに話しかけようとしていたが、周囲を団員達がガードしており、近づかせないようにしていた。
「グリフォンやハーピーといったが、冒険者が依頼で狩ることはないのか?」
「治安維持のために、冒険者では荷が重いと判断されれば我らが出る。残党狩りを依頼はするがな。強固な爪や嘴をもつグリフォンは並の冒険者では歯が立たないだろう。ハーピーの爪も皮鎧程度では掴まれて空に連れていかれれば危険だ」
「あうあーうー?」
「騎士団の鎧であれば掴まれぬよう立ち回れば大丈夫だ。心配することはない」
ナーシスのときは違い、トランスとガウディの会話は弾む。時折リーゼが心配そうにガウディに手を伸ばすが、優しく頭をなでる姿すらあった。会話というより質問と返答という素っ気ない内容であるが、訓練を共にするうちに、師弟関係のような絆が結ばれているのは確かだった。
野営を何度か繰り返しながら、目的の岩場に向かっていく。人数も少なめであり、行軍速度は速い。特に問題が起きずに進むが、問題が起きていないことが問題となっていた。
「あはは、ナーシスさんったら面白いですね」
「そうだそうだ、ナーシスは昔っからおちゃめな奴でな」
「それに若くして団長をこなしておるからな。本当にすごいやつじゃわい」
若干のよそもの感、邪魔者扱いされていたナーシスが、徐々に、いや、急激に団員やサラたちとなじんでいく。ほとんどをガウディとの会話ですごしていたトランスは違和感を覚え始めた。そこにベルクがやってきて、悲壮めいた声で告げた。
「やっぱりだめだ。おやっさん。何を考えてるかわからねぇが、注意しておくしかない。トランスさんもナーシスの行動に注意しておいてくれ」
「ナーシスがなにかしたのか?」
「違う、何もしてないけどしてるっていうか……あぁ、もう、なんていえば……」
チラリと視線を向けるが、いつの間にかナーシスが中心となり、仲睦まじく会話に華を咲かせている。一瞬であるが、まるでそれが花に群がる何かのように幻視する。
「アレは止められるものではない。任務を終えてしばらくすれば元通りになる。極力言葉に耳を傾けるな。それしかない。心を強くもてとしかいいようがないな」
ガウディは黙々と足を進める。まるでそれは孤高の道を行くようで、その背中には哀愁さえ感じる。だが、トランスはその背中に、気高さすら覚えた。
ナーシスの能力に騎士団が冠したのは博愛。彼と接触を続けると誰もが、親類のように親しく、親友のように褒め称える。彼から周りに与えられるものではなく、彼を中心に向かって与えられるその姿は、博愛とはとても似つかない。遅効性の毒のように、徐々に、徐々に浸食していく。