鈍鉄の騎士団
「相変わらずしごかれてるのぉ」
「がっはは、まだまだその変な癖は抜けんか」
早朝のガウディとの特訓を繰り返すトランス。当然ながら練兵場はほかの騎士たちも使う場所であり、老年の騎士達にバンバンと背中や肩を叩かれる。皆一様に、ガウディと同じく年季の入った傷だらけの鎧を着ており、隻腕だったり、指の数が足りなかったりとぼろぼろだ。
「また胸を貸してもらいたい」
「よいぞよいぞ」
「団長にしごかれてもまだやるとは、その根性を他の騎士団に見習わせたいわい」
不思議なことに、練兵場にくるのはガウディが団長として率いる不屈の騎士団だけだった。場内では鈍鉄の騎士団と蔑称で呼ばれているが、気さくでとっつきやすく、トランスやサラのことを息子や娘のように可愛がっている。リーゼに対してはまるで孫を相手にしているようで、顔がとろけた爺さん達が、お菓子やあめをあげようとにじり寄っている。ぬいぐるみをそれぞれが渡し、リーゼが埋もれて見えなくなってしまった時には、ガウディとベルクに大声でどやされていた。
「ほれ、また槍の突きになっておる」
「あーいかん。背中を意識しすぎじゃ」
トランスが剣で斬りかかっても、涼しい顔で反らされ、避けられ、指摘するとその場所を軽く剣や槍で叩かれる。どうやらトランスの欠点は、背中をリーゼに常に守られていることでの警戒の薄さ、なぜか剣を使っているのにほかの武器の動きが混ざってしまうことにあるとガウディが見抜いた。それ以上に精神力の弱さも説かれたが、それは実力がつけば少しづつ改善に向かうだろうとのことだった。
「サラちゃんや、やっぱり近距離で使う武器は必要なんじゃないかい?」
「確かにその魔法は強力なんじゃがなぁ……ほれっ」
サラも、実践での魔法運用のために協力してもらっているが、彼らの動きは素早く、なかなか捉えられない。支配の手を使っても、なぜかほいっ、ほいっ、とふざけたような掛け声で避けられ、あっという間に近づかれてタッチされてしまう。掴んだと思ってもするりと抜けられ足止めにすらならない始末。ある程度の距離から始め、魔法で近づけないようにするという特訓だが、呆気にとられているうちに終了してしまうのだ。
「な……なんでぇ……」
「ほっほっ、勘じゃよ勘。それに無理やり引っこ抜けなくはない」
「なんというかのぉ、嫌な予感とか、なんとなく違和感があるんじゃよ」
賢者の弟子となり覚えた魔法。しかも一方的に敵を倒したはずの魔法が一切通用しないことに、やっと芽生え始めた自身ががらがらと崩れ落ちる。もちろん属性魔法を使うこともできるが、ベテランの騎士達に多少の距離を開けたところで、無理やり突貫されてしまい、実戦では死を意味する結果に、サラは涙目だった。
特に依頼や指示がなく、訓練に明け暮れていると、早朝訓練の後は姿を消しているガウディがやってきて、団員を集めた。騎士団といっても、ガウディを含め10名ほどの少数精鋭だ。
「陛下より勅命だ。博愛の騎士団が周囲の偵察任務を終え帰還した。西の山岳地帯より、グリフォンとハーピーの群れが確認できたらしい。どうやら帝国側で大規模な狩りでもあったのだろう。……トランス殿と協力し、討伐にあたって欲しいとのことだ」
ガウディの説明に、がやがやと騒がしくなる団員達。トランスは自分の名が出た故に耳を傾けるが、広がる動揺の意味はわからない。すると、一人の団員が前に出て意見を述べる。隻腕の老人だ。
「またあいつらは偵察だけか? それに空に飛ぶ相手にわしらがいく? こういうのは節制の出番なんじゃないか?」
怪訝そうな声に耳を傾けていると、ベルクがやってきてトランスにわかるように補足をした。
「節制っていうのは、魔法騎士団の長だ。魔力を巧みに使って、かなりの数の魔法を扱うことから節制の名を冠してる。まぁ、めったに動かないんだが……」
ベルクの説明に納得がいったものの、含みある言い方には疑問が浮かんだ。質問を返す前に、ガウディの声が響く。
「すまない。いつものことだが。力を貸してほしい」
言い訳や説明はない。ただ愚直に団長が団員に頭を下げる。しんと一瞬静まり返るが、すぐに笑い声が響き渡る。
「まぁ今回はわけぇのが一緒に来てくれるからなぁ。期待してるぜぇ」
「わ、私も協力します!」
「おっ! サラちゃんが来てくれるならやる気も出るってもんだ! ねっ? 団長!」
サラがぴょんぴょんと跳ねながら手を上げると、笑い声は歓喜にまで変わる。ただし、次の一言で場はまた静まり返ってしまった。
「希望もあり博愛の団長、ナーシスも同行することになったが、よろしく頼む」
ものすごく嫌そうな顔を、団員とサラはしており、申し訳なさそうにガウディがもう一度頭を深く下げた。