重ねる代償
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「う…うぅん……」
「やれやれ、事細かに状況を伝えたかと思えば、自分のことは後回しとはの」
神父の治癒の光に包まれたシンが目を覚ますと、眉間に皺を湛えた神父の顔がそこにあった。その表情は怒っているようで、どこか悲しそうでもある。子供達は治療の邪魔にならないように、いつの間にか離れていったようだ。
「えっと……、わたし? 僕……、いや、あたしは? あれ? あなたは……、オルビスは…どこ?」
「……しっかりせい。僕だよ。シンディ」
「えっ? 随分しわくちゃに……。あっ……、そっか……。あたしは」
険が取れ、女性らしさの増した表情が、徐々に険しく、いつものシンの表情へと戻っていく。その姿を痛々しそうに見るオルビスと呼ばれた神父は、その表情を隠すようにして、起き上がり背を向けた。
「わりぃ。じぃさん。世話かけた」
「よい。懐かしい名も聞けたしな」
「……わりぃ。で、どうなった?」
「どうやら、駄目だったようだ。あの鎧のせいかもしれんなぁ」
「そうか……」
シンらしくないしおらしい声で神父に謝ると、質問の返答に残念そうであるが、どこか安心したようなた声色でため息をはくような返事を返した。
「なんとなくわかっていたような口ぶりじゃの?」
「うん? いや、あの鎧は普通じゃねぇって戦ってわかったからな。そんなこともあると思った。で、どうするんだ?」
「素直に勧誘してこちらにつくタイプに思えるかの?」
「はは、無理だろうな。まず間違いなくあの子供のことでもめるのが目に見えてる」
「ふむ、偵察と思える追手を追っ払ったからの。次は正面から来るだろう。保護や士官という餌をぶら下げてな」
治癒魔法の使い手は、そのほとんどが教会の所属となっている。もともとその身柄を保護することとして発足された教会制度であるが、野良の治癒魔法使いはその所属でもめることが多い。ましてや瀕死状態から治癒できるうえに、ある程度の自己防衛能力があると知れば、その身柄を求められるは必然だろう。
「ちっ、骨折り損かよ」
「罪過の鎧を相手どってもそこまでやれたんじゃ。ある程度の身は守れるじゃろう。そのために釘をさしたんじゃろう?」
じとっとした目で神父がシンを見ると、拗ねたようにそっぽを向ける。
「……しらねぇよ」
「ふぉふぉ、このお人好しが。お主は謹慎じゃ。しばらくは戦うことを禁ずる」
「あっ? なんでだよ!」
「どの口がいう……。呪力の補充が先じゃ。それにお前が聖堂内を滅茶苦茶にしたおかげで、しばらく休業じゃよ。わしも超過魔法にお前の治癒にとこれ以上働いたら干からびて死んでしまうわい。ま、わしのほうからも釘をさしておくかの」
ぽんぽんと腰を叩くと、トランス達のいる部屋へと歩いていく神父。億劫そうにシンは起き上がると、その後ろをゆっくりとついていった。
罪過の鎧。死をもたらす傷を負っても五体満足で復活を強いる。護衛騎士であるシンの二つ名を、不死身とたらしめた、呪われた鎧。その代償は鎧を着用時に受けた傷の痛みを不定期に与える。その代償を打ち消すために、さらに違う代償を重ねあう。信頼とも、歪とも思える2人の関係は、ただ確かにそこに成り立っていた。
「さて、待たせたの」
何事もなかったかのように部屋へと戻る神父とシン。ベッドで眠るリーゼを囲むようにしていたトランス達の視線が自然と神父たちのところへと向かう。子供達は遊び疲れたのか、ソファで仲良く寝息を立てていた。
「大丈夫なのか?」
「うん? あぁ、問題ねぇよ」
先程の狼狽が嘘のように、トランスと受け答えをするシン。その切り替えの早さにトランス達は訝しむものの、あえて掘り起こす必要もないため話をつづけた。
「さて、まずは責任者として謝っておこう。独断専行とはいえ、シンがお主を襲ったのは想定外じゃった。すまなかったのぉ」
「思っていないことがある訳ではないが……。俺にも非があったことを認める。今更どうこう言う気はない」
リーゼに軽く視線を向けるが、拳を握りしめ自分の未熟さを噛みしめるトランスは、押し黙った。
「シンによって仮死状態になった際、リーゼちゃんの封印が緩んだようじゃ。だが、今は元通りじゃろう。生半可では解けん封印であることは明白じゃのう」
「それじゃぁ、リーゼちゃんの封印は解けないんですか?」
サラが思わずといった様子で質問を投げかける。それを慌てるなとでもいうように手で制す神父。
「慌てるでない。聖都グランアークにおる解放の巫女、聖女リベーラなら可能かもしれん」
「ならすぐ聖都に行くか? トランスさん?」
「だから慌てるでない。この前もいったであろうが、謁見だけでも金貨50枚は必要じゃ。願い事などあれば100枚はくだらないじゃろう」
「ぼった来る気かと思ったけどまじでそれぐらいかかんのか……」
「お前は知っとるはずじゃろう……いや、なんでもない」
今度はベックが話の腰をおるが、頭を押さえながら現実を提示する神父。護衛騎士であるシンですらただのぼったくりであると思っていた事実に半眼になって視線を向けるが、すぐに目を瞑り話を戻した。
「方法が2つある。1つは、教会に所属の護衛騎士、もしくは聖騎士となること。拝命のために聖都に行く必要があるし、新人がそもそも聖女に会えるかの確証はない。それに、封印されているということは何があるかわからない爆弾と判断される可能性が高い。下手すれば遠ざけられてしまうじゃろう」
「……2つ目は?」
「もうすぐじゃった気がするが、聖女の巡礼がある。各都市を回ってその威光を確かにするというものなんじゃ。デモンストレーションとして各地でその力の一端を見せて回る。そのときにリーゼちゃんの封印の解放を頼むことができればあるいは……」
「でもよぉ。そうゆうのってはだいたい裏があるんだろ?」
ベックが怪訝そうな顔を隠そうとせず質問をする。神父はその質問に何を馬鹿なことをと言った顔で平然と答えた。
「当たり前じゃろう。そもそも金貨が絡むことじゃし。巡礼で行うことなども事前に決まっておる。特に貴族の子供などじゃな」
「だったら無理じゃねぇか。冒険者になんて目もくれねぇだろ?」
「あぁ、そうじゃ。なら冒険者じゃない状況になればいいんじゃ」
「どうゆうことだ?」
ベックが話しにならないと肩を竦め、トランスが前のめりになり話を促す。出会ったころの、胡散臭そうな笑顔を浮かべ、神父は笑いかけた。
「向こうからやってくる。士官の話に乗ればいい。その時の条件にでもあげれば、きっと通るはずじゃ」
その答えにサラは口を押え、ベックはより一層のしかめっ面で神父を睨みつけた。トランスは戸惑った様子で、何かを確かめるかのように、リーゼの寝顔へと視線を向けるのだった。