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亡国の騎士  作者: 黒夢
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理由と発端

「すまんが、ちょっと中庭で遊んでいてくれるか? 大切な話があるのでな」

「うん、わかった!」

「おねぇちゃん探してこよ~?」

「ふぉふぉ、あまり遠くにいくんじゃないぞ?」


 先程の空気が霧散するかのような、元気な笑顔と声を上げて、シンを探しに子供達が駆けていく。その瞳には光があり、トランスが見た時のような虚ろな表情は微塵もなかった。


「……にわかに信じられん。あいつが本当にそんなことを言ったのか?」

「順を追って説明しようかの。お嬢さん、魔法をありがとうよ。まさかすぐに使いこなすとは思わなんだ。あの馬鹿が素直になったのはわしの魔法じゃよ」

「いえいえ、でもよくこんな魔法を知ってましたね? 声を再生するなんて。それに超過魔法オーバーマジックって攻撃的な物しか知りませんでした」


 サラは感心したように神父から教わった魔法と、使用した超過魔法オーバーマジックを褒める。超過魔法オーバーマジックは使用者が心の底からの願いを発露させるものであり、冒険者などで語られるものはその殆どが攻撃魔法だから尚更だった。ベックは、神父の超過魔法オーバーマジックに関してはそうではないようで、難しい顔をしている。


「平和的と言えば平和的なんだろうが……。恐ろしい魔法だな。強制的に友好的にするなんて。ぞっとするよ」

「ふぉふぉふぉ、軟弱な老人からすれば、武器を持った命のやり取りのほうが恐ろしいわい」

「……そうかい」


 思うことがあるのか、少し間のある返事をしたベックは肩を竦め、視線をトランスに向け、神父に話を促した。


「元々、あの子供がここに運び込まれた段階で、助けるつもりじゃったんじゃよ。一度父親と引き離さなければ、どうなったかはお主もしっておろう? そして、死んでおったのに今生きているという矛盾じゃが、シンの使っている細剣……時の針(クロノスツァイガー)の効果じゃ。一時的に死を停止させた。あくまで停止された死だからのぉ。治すことも死ぬことも停滞させたから治癒魔法が通らん。解除すると同時にわしが治癒魔法をかけたから生きておるのじゃよ」


 さも当たり前のように神父は話すが、死の一歩手前から回復させるなど、並みの治癒魔法ではない。武器の特性という、冒険者からすれば、秘匿しなければいけないことも淡々と話していく。そのことにベックが驚きの表情で腰を浮かしかけるが、それを神父は視線を向けて、笑みを深め諫める。


「スラムでの殺しは……、あそこまでする必要が――」

「子供の身体を売る斡旋をしていた男。自分を捨てた夫に似てるからという理由で、子供の顔を火で炙る女。スリの技術を子供に教え、元締めとして搾取していた男」

「――っ!?」


 憤慨するトランスの糾弾を、まるで起伏の無い声で被せるようにすることで、その口を閉ざさせる。ただの情報。だが、思い当たる人物達に、トランスは蒼褪め、軽く肩が震えている。


「子供をわざわざ死の淵に……」

「負の記憶ごと、わしが()()()()()()があった。あんな者達でも、スラムからすれば、自分たちの生活の基盤を作ってきたものたちだ。ただ非難し子供を奪えば、たちまちこちらが誘拐犯となる」


 負の記憶を治癒。その言葉を成す方法はわからなかったが、子供達の瞳から、それを神父はなしたのだろう。


「す、スラムの状況を変えれば、このような暴挙を許さないよう取り締まるという手も……」

「スラムは広い。何年単位でかかる? 脅してやめさせるのか? 仕事がないからスラムという物が出来た。あぁしなければ生きられないのに禁止させれば、死ねと言っているようなものだ」


 感情の感じられない程、静かな口調ではあるが、トランスの呼吸を抑えつけるような圧がある。


「な、なら何故今回はこんな……」

「……お主が手を出してしまったからじゃろう。本来であればあの場で救えた。それを考えなしの善意……いや、ただの気まぐれか。それが地獄へと戻してしまった。そして、あの馬鹿がそれを放っておけるはずがない。お主とあの馬鹿はどこか似ているからのぉ」


 あの馬鹿、とシンのことを言う時の神父は、その言葉とは裏腹に、どこか慈しみのようなものを感じるほどに表情が柔らかい。淡々と事実を話し、責めるようなことはしない神父に、逆にトランスの心は自らを締め付ける。


「お主は救いたかったのか……。それとも救われたかったのか? よう考えてみるといい。思考を放棄した力は、その方向性が違かろうが害悪でしかない」

「……俺は」


 もはやトランスは言葉を紡ぐことができなかった。まるで神父に対し頭を垂れて懺悔するかのような光景に、ベックは目を細め、ただ無言でトランスの肩を叩いた。しばらく無言の静寂が訪れるが、バタバタと足音が聞こえ全員の視線が扉へと向く。


「神父様! 大変だよ! お姉ちゃんが中庭で泡吹いて倒れてる!」

「お姉ちゃんを助けて!」

「なんと? トランスよ。シンはどれぐらいの怪我を負ったか覚えておるか?」

「あ、あぁ……たしか」


 記憶がはっきりしないところもあったが、腕や首を切断したことも含め報告する。サラとベックは蒼褪め、神父は呆れた顔でため息をついた。


「いや、想像以上にやばいことになってたんだな。ってか、腕斬られて首切られても死なないって、さすが不死身のシンだな。ただの噂だと思ってたぜ」

「シンさんの二つ名ですか? 入った時の様子から喧嘩ぐらいだと思ってたのに、まさか殺し合いをしてるとは思いませんでしたよ……」

「代償にやられたか……。すまんがわしは治療にいくのでな。リーゼちゃんの側にいてやるといい。今後のことはその後話があるからのぉ」

「わかった……。しばらく邪魔するぞ」


 トランス達は、子供に手を引かれるようにして去っていく神父の後ろ姿を見届けると、リーゼが眠るベッドの側で、神父の帰りを待つのだった。

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