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亡国の騎士  作者: 黒夢
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シンの本音

デレた

 ――まただ……、また……守れなかった……


 リーゼの胸を貫かれる瞬間がフラッシュバックし、トランスの暗闇に沈んでいた意識が一気に浮上する。急激にクリアになった思考が、リーゼを探そうと、上体を視界の回復よりも先に起こす。


「ぬおぅ!」


 覗き込んでいたと思われる神父が、驚きでのけぞり、どうにか頭からぶつかることを回避したようだった。目を丸くしていたが、すぐに柔和な胡散臭い笑顔になると、状態の確認を始めた。


「大丈夫かの? 自分であらかた治していたようじゃが、急にぶっ倒れたからどうしたものかと思ったわい。運ぼうにも重くて運びようがなかったからのぉ」

「俺は大丈夫だ。それよりリーゼは!」

「これこれ、慌てなくともよい。さっさとシンの打撲を治したら、自分の腕より先に治しておっただろう。覚えとらんのか?」


 シンに敗れたあとの記憶が曖昧だったトランスは、額に手を当てて思考を巡らせる。薄っすらであるが、血濡れのリーゼを治療している場面が浮かんだ。


「そうか……。そうだったな。無事か……。良かった……、本当に……」

「……のか」

「うん?」

「――いやいや、思い出したのなら重畳じゃて」


 安堵し、力を抜いた瞬間、神父の顔から表情が抜け、何事かを呟いた気がしたが、すぐに胡散臭い笑顔に戻る。気にはかかったが、リーゼのことが心配であり、まずは疑問を投げかけることにした。


「しかし、明らかに即死の重傷だったはずだ。俺の治癒魔法が効果的だったとしても、治せたという実感が湧かない。どうゆうことだ? それに、シンはお前の護衛騎士だろう。一体なんのつもりでこんな真似を!」


 思い浮かぶのは、シンに心臓を貫かれ、助けることが出来なかった貧民街の子供の顔。すでにこと切れていたのか、治癒魔法が間に合わず、救うことが出来なかった。自然と力が入り、語気が荒くなる。枯木のような身体の老人が受ければ卒倒してしまいそうな圧。だが、神父は先程とは違う本当の意味での柔和な笑みを浮かべ、穏やかな声で答えた。


「その答えなら、向こうにある。ついてきなさい」


 促されるがまま荒れ放題となった聖堂内を、神父の後についてゆく。その光景を見ながら歩いている神父の顔は若干引きつっているように見えるが、きっと気のせいだとトランスは思うことにした。奥の扉を開き、手招きをするようにしてトランスに入室を促す。すると、そこで目に入ったのは、どこかで見たことのなる子供達の顔だった。


「あっ、神父様だー!」

「後ろの人はだあれ? 神父様のもう一人の騎士様?」

「ふぉふぉふぉ、まぁそんなところじゃ。さて、ただ殺戮を行った訳ではないことはわかってくれたか?」


 そこにあったのは、横たわる土色の顔ではなく。仄かに赤らみ、命を持った熱だった。想像もできなかった明るい表情と声に、思わず面食らってしまう。動揺を隠せず、最後の懸念であるリーゼの姿を探す。その様子をわかっていたかのように、神父は肩に手を置き、奥にあるベッドを指さした。


「すぅー……。すぅー……。あぅ……」

「は、はは……。良かった……」

「わわ、その騎士様大丈夫!?」

「ふぉふぉふぉ、安心しただけじゃて。大丈夫じゃよ」

「あ、あぁ……。大丈夫だ。すまない」


 穏やかに寝息に、トランスは壁にもたれるようにして力を抜く。心配する側からされる側になったことに苦笑した。そして、リーゼを見守るかのように腕を組んで壁にもたれかかるシンに視線を向けた。


「シン、どうゆうことか説明を……」

「はっ、あたしから言うことなんて何も――」


 顔を合わせればまた口喧嘩が始まりそうな雰囲気に、神父がため息をつくと、袖から出した鈴を鳴らす。シンとトランスが怪訝そうな顔をしてそちらに視線を向けると、扉が開き、見知った顔が現れた。


「サラ?」

「素直になれない人にはこれです! <魔に宿る音の再誕(サウンドプレイバック)>」

「げっ!?」

「これは魔素に残った声を再生する魔法です。トランスさんが倒れた後、身体を揺すりながらそこのシンさんが泣き叫んでいた言葉です」

「わーわー! やめろ!」


 シンが、サラに飛び掛からんとするが、するりと部屋に入って来たベックが羽交い絞めして抑える。その顔は苦笑いであり、本意ではないとシンに平謝りしているのが見て取れる。変わってサラがいい笑顔なのが気になるが、薄っすらと光が部屋を包み込むと、少しエコーがかった声で、シンの声が再生された。


『1人で頑張ったって駄目なんだよ。個人の力なんて、権力に叩き潰される。救わなきゃ? 救ってあげなきゃ? その考えに至っている時点で降って湧いた力に振り回されてる。自分を特別視してるんだ。でも、その時に誰かに言われたってわからない。なんで正しいことの邪魔するんだって。正義に反対するお前は悪だって心が先に叫んじまう。あたしがそうだ。折られるまでわからなかった。だからあたしが折らなきゃいけなかったんだ。お前は似てる。似すぎてる。見てられない。見捨てられない。恨んでいい。いくらでもあたしのことを恨んだっていいから。助けたいと思った時に一度足を止めてみろ。振り返れ。縋れ。手を取りあえ。お前は1人じゃないはずだ。本当に大切なものを見失うんじゃねぇ。これは本当に駄目だった先輩からの忠告だ。無差別な手助けは、無差別な災厄のバラマキだ。自分がそれを振り払えても、それを振り払えない奴は死んでいく。考えろ、用意しろ、手を回せ。おいっ、寝てんのか! 聞け! 聞けよぉぉ!』


 シンの声だが、およそ目の前のシンが言いそうにない声で、恐らく号泣しながら叫んでいると思われる言葉が室内に響く。子供達も空気を呼んでか気まずそうにし、トランスも気不味げに視線を彷徨わせた。シンは羽交い絞めされ暴れ、兜が外れて顔が曝け出されており、涙目で黒い肌でもわかるほどに真っ赤に頬が染まっていた。ただ、トランスが治療したからか、その顔に古傷はない。尚更その美しい顔が羞恥に染まる様は、何か悪いことをしているような気分になり、やった本人であるサラでさえその空気にあわあわとしていた。


 抵抗の止んだシンに、組み付いていたうしろめたさからベックが拘束を放すと、シンは一言。


「ばかぁぁぁ!」


 と叫ぶと部屋から走って逃げだしていた。


「えっと……、ごめんなさい?」


 サラを筆頭に、気まずい空気に充てられた他多数は、お互いにこちらこそ、どうもどうも、仕方ないって、まさかここまで……と社交辞令ぎみに空気の緩和を試みることしかできないのであった。


「ま、まぁ、ラブアンドピースじゃて」


 神父の呟きが、乾いた笑い声によってかき消されて行った。

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