ある森人の結末
思った以上に長くなってしまった。個人の名称がややこしくて申し訳ない。
魔物達が去り、取り残された森人の少女と、幼い人族の2人は、呆然と取り残されていたが、ふらふらと歩き始めた森人の少女に縋るようにして後を追いかける。虚ろな眼であてもなく彷徨う森人の少女が、黒い炎で魔物を焼き、動物を仕留める。川を見つけ水分は確保できたものの、空腹に耐えかねて食べるべきか悩むものの、箱入りといっても過言でもないほど甘やかされて育っていたため、戸惑っていた。
「あの……、僕たち、解体できます」
「私も手伝います」
媚びるようにして縋って来た人族2人に、目線だけで許可を出すと、血抜きから解体まで一手に引き受け、火を起こし焼いただけの肉を頬張った時、3人は嗚咽しながら泣きはらし、肩を寄せ合っていた。いつのまにか3人は、共に行動するようになっていた。
「――さん、姉さん」
「ん――姉さん、もぉ、相変わらず名前じゃ反応しないんだから」
巧妙に隠されているという森人の里に、少女が簡単に帰れることはなかった。宿場町にたどり着いた3人は、生きる為ならば何でもやった。まだ小さい子供ということもあって相手も仕事を探す事も出来ず、浮浪児や孤児、スラムなどに紛れて生活をする日々。強盗、スリ、果ては身体を売ることもした。感傷からか、奴隷商を襲って金品を巻き上げたり、宿場町では知らない者のいないほどの集団へとなる。成長し、少女は美しく、少年はたくましくなっていたが、その生活を変えることはなかった。いや、もはやこの世界しか信じられるものがなかったのだろう。
「……うん? 聞いてるよ。なんか問題あったか?」
3人で思いを吐露したあの日から、森人の少女は名前に反応しなくなった。確かに名を明かし合ったにも関わらず、まるで認めたくないかのように認識しないことに、人族の2人はため息をつきつつ姉のように慕っていた。口調や雰囲気まで、荒れた生活で変わり果てた森人の少女に、自然と顔が曇る。
「ちょっとやりすぎたかもしれない。この前襲った奴隷商のやつが、領主と強く繋がっていたみたいでさ」
「そうそう、今度私達を捕縛に動き出すって噂が流れてるんだ」
「ちっ、めんどうだな」
悪態をついた森人の少女は、ほんの一瞬だが、周囲に視線を巡らせた。そこには身寄りのない子供達、不当に扱われていた奴隷。怪我や病気で行き場をなくしたものなど、多岐にわたるものが暮らしている。森人の少女はその全員に姉さんと呼ばれて慕われている。
何かにとりつかれるように、それが出来るから当然だと言わんばかりに、森人の少女はその力を振るった。黒い炎を自在に扱えるようになり、悪人と判断したものからは容赦なく奪い、戦う。明らかにその行動が発端であった。助けた物は弱者と呼ばれるものたちだ、今更放り出して他の街へと逃げることは出来ない。それらは、確実に足枷となっていた。
「そうだな……、しばらくは行動を――がっあああ」」
「なっ、姉さん!?」
今後の方針を考えようとした矢先、矢が肩のあたりに突き刺さる。
「ぎゃぁぁあ」
「わぁあああ」
「痛い、痛いいいい」
「助けてぇ」
次々と矢が射られ、ボロ屋には火が回っていく。肩に刺さった矢の痛みが、森人の少女から唖然とする時間を与えなかった。
「くそっ、問答無用かよ!」
「姉さん、駄目だ! 逃げよう! ぐあああ」
「せめて姉さんだけで……あぁ!」
「お前ら!」
庇うようにして人族の2人の背に、矢が生えたかのように突き刺さる。
「くっそぉ!」
「いたぞ、――のガキだ。俺達のシマを荒らしやがって」
「――のガキは黒い炎を使うぞ。迂闊に近づくな」
声のした方を森人の少女が見ると、襲った奴隷商で見た顔がある。いつものように聞き取れない単語があるが、それを気にしている暇はなく。手をかざした。
「げぇっ! うああああ。おいっ、早く消せえ。教会のぉぉ! 話しが違うぞ!」
「無効化できるんだろ! なっ……えっ? おい、冗談……ひっ、ぎゃあああああ」
肉が焼け、溶けていく臭いに、喉からせりあがってくるものを飲み下しながら、奴隷商へと黒い炎を注ぐ。場違いな服を着ている神官のような男も、あの2人との会話から仲間であると判断し、手をかざすが、一向に燃えることがなかった。
「確かに無効化できますよ。自分だけですがね」
「お、おまえ……、なんで!」
縋るように何度も手を向けるが、一向に燃える気配がない。慌てぶりにぶれた手の平が神官以外を燃やすことがあったが、何故か神官が燃える事がなく焦りを加速させていく。
「くっ、来るな! 来るんじゃねぇ!」
「ふぅむ」
まだ青年といってもいいほどの若い神官は、思案気に周囲を見渡すと背中に矢を生やした様子から、庇ったものと判断し、歩み寄ると服の汚れも気にせずにしゃがみ込む。
「触るな! お前らが触っていい奴らじゃねぇ! ――なっ……」
痛みも恐怖も忘れて殴りかかるが、防御も何もせず頬にクリーンヒットしたことがさらに動揺を誘うが、神官の青年は全く意に介していない。背中に生えた矢を乱暴に抜き取ると、手をかざした。淡い光が、もはや助からないと思っていた少年少女を包みこむ。
「取引をしましょう。僕に従うのであれば、彼らを救います。あなたの願いも出来る限り叶えると約束しましょう」
「そんな……、いき…てる?」
傷口が塞がり、呼吸が安定していく様を見て、森人の少女は静かに頷くしかなかった。
神官の青年は約束通り、少年と少女を救い、森人の少女を里へと案内した。里への案内は気が進まないと言っていたが、そうでもしないと納得しないと判断したからだ。
「あぁ、あぁあ……、やっと、やっと……、お父さん、お母さん……」
神官の青年を伴い、家路へと急ぐ。普通の人族にはただの森にしか見えない風景も、彼女からすれば懐かしい光景であり、涙が溢れた。里の者に見つからないようにと注文を付けられたときは疑問が生じたが、今となればどうでもよかった。荒れた生活での口調や雰囲気はなりを潜め、足をもつれさせながら懐かしい我が家が見えてきた。
「シンディ! 良かった……そこにいたのね……」
「ほら、森は危ないからこっちへ来なさい」
聞こえる。優しい父親と母親の声が、私のことを呼んでいる。気配でわかったのだろうか。嬉しさから喉がつかえ声が出ない。早く応えて安心させてあげないと。そう森人の少女、シンディが返事しようと思ったとき、目の前の草むらがかきわけられ、幼い森人の少女が顔を出した。
「――あれ? お姉ちゃんはだあれ?」
「ひゅっ――」
息が詰まる。返事をしようと思っていた喉が、空気を吐く音だけ残して止まった。違う、きっと誰かの家の子が遊びにきていたんだ。そう決まっている。頭から血の気が引き、冷や汗があふれ出る。何か答えようと思ったその時、森人の少女は、あの日、自分が魔物の子へと向けたかのような瞳で声をかけた。
「初めまして、――の肌のお姉ちゃん。私はシンディよ」
「――っ!?」
「シンディ? 誰かそこにいるのかい? シンディ! こっちに来なさい!」
脳裏に過るのは、父親が短剣を魔物の子に突き刺した姿。何故かその映像が、今の自分の首に短剣を突き刺す姿に映り、全速力で彼女はその場から逃げ出した。
湖で顔を洗い。息を整える。すると、すぐそばに神官の青年がやってきて問いかけた。
「約束は果たした。次は君が約束を守る番だ。黒森人よ。シンディ……だったか?」
湖面に映るは黒い肌の自分。目を、耳を背けていた現実が彼女を襲う。
「あ、あ……あああああああああああああ!」
雄たけびを上げながら、黒森人の少女は、湖面に拳を叩きつけた。