トランスVSシン 2
まるで時の流れが遅くなったかのように、トランスの目には、リーゼがシンの細剣に貫かれる瞬間が目に入る。あってはならない光景に、頭が真っ白になりかけるが、リーゼを貫いたまま身を翻すシンに追いすがるように、足元に力を込める。
「疾駆!」
歩数で言えば数歩、その力を使わずともすぐに追いつける距離でありながらも、トランスは迷わず最速の一手を選ぶ。一瞬で距離を詰めたトランスに向かって、シンは細剣を振るうようにしてリーゼをトランスに向かって放り投げた。
「ほら、よっ」
「きさま……!? リーゼ!」
抱きとめようとして動かぬ左手を思い出し、振るおうとしていた剣を投げ捨てリーゼを片手で抱きかかえる。勢いがあまり、体勢を崩す。膝をつきながら滑るようにして勢いを殺したところに、細剣をトランスの首元に向かって突き出すシンの姿があった。
「あぅ……ぁ……<反転>」
「あん? しぶといな」
あとコンマ数秒遅ければ貫いていたであろう細剣が、リーゼの弱弱しい声によって弾かれる。
「くっ……うぉあああ!」
「ちっ」
トランスは苦し紛れに蹴りを放つと、シンは軽快な動きでその一撃をかわした。追撃をすることはなく、細剣を肩にかけ、余裕の態度を崩さない。
「リーゼ! しっかりしろ! リーゼ! くそっ、なぜ魔法が使えない!」
シンの致命の一撃からトランスを救ったあと、リーゼはトランスの腕の中で、ぐったりとして動かない。トランスが懸命に治癒魔法をかけようとするが、なぜか魔法は発動しなかった。
「たいしたもんだ。自分への殺意には反応が遅れる癖に、死にかけててもお前への攻撃を防ぐなんてな。だが、だからこそ厄介で狙われる」
「……何を」
「理解力足らなすぎだろ。お前のせいで、そいつは今死にかけてるって言ってんだよ」
びくりと、リーゼを抱きしめる身体を震わせるトランスに、シンは更に言葉で追い打ちをかける。
「お前の鎧は固い。それこそそのへんの鎧とは比べ物になんねぇ。唯一可動域に隙間があるぐらいだ。挙句動きの阻害もしないといういかれ装備だしな。致命じゃなきゃ回復されるおまけつきだ。更にやっと可動域を攻撃できたとしても、その殺意や攻撃に反応してカウンターをしかけられちまう。まさに完璧。打つ手なしだ。……ただ一点を除いて」
「それが……リ――」
「違う」
トランスが、背中に背負うリーゼこそが弱点ということかと問おうとしたとき、被せるようにしてシンの否定の言葉が遮る。そして、左手の指でかかってこいと挑発する。
「教えてやってもいいが……さっさとあたしを倒さなくていいのか? 悠長に喋っている間に、そいつ死ぬぞ? 元凶かもしれないやつをどうにかすれば魔法が使えるようになるって発想はないのか?」
「くっ……、はあああああ」
リーゼをそっと地面に降ろすと、がむしゃらに拾い上げた剣でシンへと襲い掛かる。その動きは精彩を欠いており、シンは危なげなくその攻撃をかわし、細剣が幾度もゆらめく。
「そのただ一点教えてやるよ」
トランスは驚愕の表情を浮かべながら膝をつく。そして耳元に絶望的な現実が叩きつけられた。
「――お前自身だよ」
拮抗したはずの結果はそこになく。鎧の隙間という隙間から細剣の一撃を受けたトランスは血を噴き出す。
「がはっ――」
「子守られ騎士にでも改名したらどうだ?」
心底嫌みを込めた言葉をシンが告げると、トランスは膝をついたまま沈黙した。
その他にも要因があるが、リーゼの消耗が激しい理由の一つに、大きな攻撃意外にも、リーゼはマントでシンの視覚を遮ぎったり、反転を利用していたことがあげられる。そのサポートがなくなった今、トランスの未熟な剣技ともいえないものは、シンの相手にもならなかった。
「あぁ、くそっ、胸糞悪ぃ」
静まり返った聖堂内で、シンは不機嫌さを隠せず兜を外して頭をかきむしる。端正な顔立ちは眉間の皺が台無しにさせていた。正直に言えば、トランスの左手を貫いた段階で勝負はついていた。あの段階で剣先はリーゼの皮膚を掠め条件を満たし、リーゼの不調に困惑するトランスをここまで痛めつける必要性などなかったのだ。
シンの持つ細剣は、時の針と呼ばれる宝剣であり、攻撃した対象の任意の時を止めることが出来る。魔力の供給をとめることで、リーゼを魔力枯渇へと追い込み、トランスの魔素の流れを停滞させることで治癒魔法を封じた。もっとも、その時点でまともに動けなくなることを予想していたが、魔装の力が使えたこと、平然と剣を振れていたことは予想外ではあったが。
だが、シンはトランスが許せなかった。浅はかな考えが、行動が、その結果がどうなるかを身に沁みてわからせる必要があると、その衝動が抑えられなかった。本当に大切だと思う者があるのなら、危険と関わらなければいいのだ、許されざる悪が目の前にあったとしても、逃げればいい。無様に助けを求めてでも生き残ればいい。1人で出来ることなどたかが知れている。少なくとも、自分自身はそうやって生きて来たのだから。たとえこれが全て意味がなくなるとしても、止められなかった。
「さて、さっさとじぃさんを――なんで立てる?」
ぞわりと背筋に寒気を感じ振り返ると、シンによって心臓を貫かれたはずのリーゼが、俯きながらもそこに立ち上がっていたのだった。
身体的にも精神的にも追い詰めるドSなシン、恐るべし