トランスVSシン
トランスが剣を振るうと、ひらりと舞うようにしてシンが避け、刺突を繰り出す。鎧の隙間を狙った攻撃に、トランスが少し身体をずらすことで、耳障りな金属音が閑静な教会内へと響き渡った。もう何合目かもわからない応酬が繰り返される。鎧に弾かれた剣によりよって火花が散り、第三者が見ればまるで踊っているようだと表現したかもしれない。
「ちっ、相変わらず硬い鎧だな。こっちの剣のほうがだめになりそうだ」
「シン、答えろ。なぜあのような凶行に及んだ」
「あん?」
動きで言えばシンのほうが避ける為に素早く動き続けているにも関わらず、息切れ一つしていない。トランスに至っては装備の効果があるが、軽鎧とはいえ少しも動きが衰えないシンに驚きつつ、トランスは疑問をぶつける。返ってきたのは不機嫌そうな返事であったが。
「なら、聞くぞ。お前はなんであんな凶行に及んだ?」
「なに?」
質問に対して、まるで同じような質問が返ってきたことにトランスは面食らった。まるで呆れたかのような声色でシンが言葉を続ける。
「だからお前は……アホなんだよ」
「ぐっ!?」
低く、それでいて殺意に溢れた声がシンの唇から漏れると、先ほどより数倍早いと思えるほどの突きが、リーゼに向かって放たれた。
「あうあ!<反転>」
「シッ!」
あらかじめ弾かれることを見越してか、シンの切り替えは早い。突き刺しを行いながら反射角を地面に調整することで、通り抜けるように背面へと周った。引き戻しが反転の力によって省略されたことで、通常よりもさらに早い二撃目であり、トランスの死角である背後であり下方。それはトランスへと向かわず、更にリーゼへの追撃へと費やされる。全天周囲視認がなければ、トランスは姿を見失っていたことだろう。
「うおおぉぉ!」
「あうっ!あうう!」
トランスは身体をよじり、咄嗟に左腕を滑り込ませる。手の平から肘にかけてシンの細剣が貫通。リーゼの悲痛な叫びが聞こえるが、駄賃とばかりにトランスはしなる細剣を握りしめ、右手の獣王の牙を叩きつけるようにして斬りつけた。
「衝撃!」
「ぐっ!」
教会の椅子をなぎ倒すようにしてシンが吹き飛ぶ。その際、細剣を手放さなかったようで、細剣が無理矢理引き抜けた左手から鮮血が散った。細剣が折れなかったことも驚きだが、それ以上に吹き飛ばされようが剣を放さないシンに、トランスは警戒を強める。可能性として踏まえていたからこそ対応できたのではないかと視線を外さない。
「がっふ……、いてぇな」
「……なぜリーゼを狙う」
「卑怯とか言うなよ? 相棒だとか、言うなら尚更な……ぐっ、かはっ」
がらがらと椅子の残骸を押しのけ出てきたシンは、口元から血を吐き捨てるほど満身創痍だった。見れば鎧はひしゃげている。性能よりも軽さや見た目を重視した祭儀用だったのだろう。
「くはっ、くっそ……。」
「……全て話してもらうぞ。それ以上はやめておけ」
内臓がやられたのか、吐血が止まらないシンに、言葉で投降を促しながらも、トランスは油断なくシンを見据える。
「そうだな……。これはもう無理だな」
「……消えた?」
まるでそこに今まで誰もいなかったかのように、シンの姿が消えた。瞬きをした覚えもなく。全天周囲視認でもその姿を確認できない。ぼろぼろになった教会の椅子がガランっと崩れ、燭台の炎が何本か消えているぐらいで、異常は見られない。トランスとリーゼの息遣いだけが妙に大きく聞こえるほど、教会を静けさが支配した。
「一体どこに……」
「あーうー?」
キョロキョロとリーゼが周囲を見回し、トランスも警戒を解かずにいるが、シンの所在が全く掴むことができない。ふと、緊張状態から放置していた左手の傷を思い出し、警戒しつつ回復をしようと試み、異常に気付いた。
「魔法が……?」
左手が動かないのは傷のせいとも言えるかもしれないが、左手が動かず、治癒魔法がかからない。血は止まらず、魔素が動かないといった感覚を覚える。そして、背中につかまるリーゼも異常をきたし始めた。
「あう……ぁ……あぅ……」
「リーゼ? どうした?」
うつらうつらと瞼が閉じ始め、トランスに捕まる腕の力が弱まっていく。急激な眠気に襲われ、それは、魔力の枯渇による症状と類似していた。トランスの理解が追い付かない。魔力は兜に大量に保有している。枯渇するなど到底ありえないことだからだ。リーゼからとうとう力が抜け、ずるりとトランスの背中から滑り落ちる。そして、抱えようとしたトランスの動かない左手側から、シンの刺突がリーゼの心臓を貫いた。