最〇の魔法
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「しっかし、一体何したんだ? 魔法を唱えたようなそぶりもなかったしよ」
「ふふ、修行の成果ですよ。賢者様のおかげです」
サラは照れ臭そうに笑顔を浮かべると、賢者とのやりとりを思い出した。
時を遡り、サラが賢者から手ほどきを受けていた時の一場面である。
「うわっ、ぷふっ、ちょっと、何するんですか!」
何故かサラは頭だけを残し土に埋められ、頭から賢者にじょうろで水をかけられていた。
「こらこら、心を平穏に保ちたまえよ。強くなりたいんだろう?」
「それは……、強くなりたいですけど、これが一体なんの……あぷっ。水をかけるのとめてくださいよぉ」
喋っていようと、賢者は魔法で水を汲んだじょうろから、際限なくちょろちょろと水をかけ続ける。その表情には、なんの感情も浮かんでいない。
「そもそも強くとは、どうなりたいんだい?」
「えっと、強い魔法を唱えらえるようにとか……」
ぴたりと水を止めると、賢者は更に疑問を投げかける。それに答えたサラの返答に、さらに質問で返した。
「強い魔法とは?」
「えっと……広域殲滅魔法とか、オリジナルの超過魔法とか……」
サラは、魔法使いであれば多くの者が答えるであろう、マニュアル通りの答えを返した。それは、魔法使いを志したものが憧れるものであり、目指す極地とも言えるだろう。世に名を轟かす魔法使いは、その得意な魔法が二つ名に冠されるほどのものだからだ。感情の見えなかった賢者の表情が、心底意味がわからないという顔をし、首をひねった。
「それは、1人を殺すのに、街を亡ぼすってことかな?」
「えっ……、そ、そこまでは……」
「街に対象が、そうだな。とても強い極悪人が潜んでいたとしよう。君が望み通りの強さを手に入れたとして、街ごと亡ぼすのかい? 言っていることはそういうことだよ?」
サラがどう返したらいいかと口ごもっていると、視線を外した賢者が、ため息のように漏らした。
「それにね、そういった輩は、街ごと亡ぼしたところで、うまく生き残っているものなんだよ」
まるで、やったことがあるとでもいうかのような、実感のこもった言葉に、サラは背筋に寒気を覚えた。ゴクリを唾を飲み込むと、賢者が視線をサラへと戻し、口を開く。
「そもそも、狙った対象を倒したり、殺したり、壊すのに、過度な力はいらない。燃やしたり、凍らせたりをしなければいけない訳でもない。所詮生き物というのはちょっとしたことで色々と狂うんだ」
すっと小さな指を空に向ける。釣られてサラが視線を向けると、空を飛んでいた鳥が、急に落ち、地面にぶつかり首を折って絶命した。驚きを隠せずにいると、茂みががさがさと揺れ、ゴブリンが棍棒を振り上げ走ってくる。が、急に躓いたかと思うと、地面に突っ伏したまま動かなくなった。
「まぁ、遥かに強大な敵に立ち向かうのであれば、例外もあるけどね。君が目指すのは最強の魔法ではない。最適な魔法だ」
賢者が手を軽く振ると、ゴブリンが仰向けになる。額には小さな穴があり、何かが頭蓋を貫通したことが見て取れた。
「まず君に覚えてもらうのは、無属性魔法、支配の手だ」
「む、無属性魔法?」
サラが首を傾げるのは無理もなかった。魔法とは自然現象を魔素に作用させて法則を捻じ曲げること。属性がないということは、魔素をそのまま利用するということに他ならない。そんなことは、独自に勉強を欠かさなかったサラですら聞いたことすらなかった。
「身体を魔素に支配されるほど親和性が高いってことは、逆もまた然り。これなんかよりももっと上手く使いこなせてもおかしくはない。出来るだろう? 出来なくては困る。賢者の弟子よ?」
「……っ。はいっ! 使いこなして見せます」
「よし、じゃぁ、がんばるんだ」
「えっ? あ……あぁ。いやーーーー」
賢者がぽんぽんと頭を叩いて姿を消すと、何故か周囲に獣や魔物が集まってきていた。賢者がサラにかけていた水には、魔物や獣寄せの効果があり、土に埋まって身動きの取れないサラには悪夢でしかなかった。無論、襲い掛かられる本当のぎりぎりの紙一重を見極め、賢者は助けた。だが、害のないと判断した行為は基本放置され、乙女の口からはとてもじゃないが言えない状態になっていたのはここだけの話だ。
「おーい。大丈夫か?」
得意げだった笑顔は思い出したことでみるみる蒼褪め、ちょっと涙目になったところで、心配そうに顔を顰めるベックの声で我に返る。
「つまり、見えない攻撃ってことか?」
「そうです。サークレットの効果で把握した上空に予め魔力の手を設置して殴って、近づいてきた相手は半円上に地面に固定した罠で転ばせました」
「えげつねぇな。急に気絶したのはなんでだ?」
「起き上がったとき後頭部に、ぶつけた直後顎に、魔力の塊を設置しただけです」
「うわぁ……」
見えない、どこにでも設置可能、極めて静かという特性に、ベックは末恐ろしさを感じ声を上ずらせる。金級になったが、気を引き締め直そうと決意した瞬間だった。
「そういえば、魔力貸してくれてあんがとな。あんなに糸をばら撒いたのはいいが、魔力は心許無くてな」
「いえいえ、頼ってくれたのが、嬉しかったですよ」
先輩と後輩から、同業へとなった2人は、静まりかえる教会の扉に視線を移し、トランスの無事を祈るのだった。