教会で待つもの
やっと花粉症が落ち着いてきました。大分遅くなりましたが、更新は続けるつもりです。
ここ数日協会は閉ざされていた。神父の体調不良という名目のもと、これでもかと目立つ護衛騎士の姿すら門前にはない。だが、この日は周囲に人っ子一人通らず、妙な静けさが漂う。まるで、何者かが来ることをわかっているかのようだ。その門は、訪問者を拒むことはないだろう。
「なーんか……、きなくせぇなぁ」
「これは、魔力? いや、でも……」
「これは俺の問題だ。三人は……、いや二人はここで待っていてくれ」
「ううー!」
異様な雰囲気にベックは顔を顰め、周囲を警戒する。サラも、魔力の動きに注意を払っている様子だ。トランスは三人に待つように伝えかけたが、リーゼがしがみつく腕の強さに、諦めたかのように軽く息を吐きサラとベックだけに待つよう声をかけた。
「おいおい、ここまできてそれはねぇんじゃねぇか? サラも言ってやってくれよ」
「……わかりました」
「おい!」
『何かあったらすぐ兜を戻すか、兜を意識するようにして私に話しかけてくださいね』
「む……、了解した」
「うん? 何わかりあった顔してんだ? おーい」
トランスの脳裏にサラの言葉が響く。一瞬驚きに声をあげそうになるが、サラがいたずらが成長した子供のような笑顔をトランスに向ける。当然ベックには聞こえず、困惑の表情を浮かべていた。賢者の元で修行をするサラの成長に、トランスは兜の下で微笑みで返すと、大きな教会の扉を開け、迷うことのない足取りで中へと入っていった。
「いいのか?」
「はい、トランスさんは他人を守ることに一生懸命で、私達が傷つくのすら嫌がる様子があります」
「あぁ、わかってるよ。俺達を巻き込まないために置いてったんだろ?」
「いいえ、違います」
「うん? どうゆうこった?」
「巻き込まないためだったら、そもそもここまでついてこさせませんよ。私達を信頼して、ここを任せてくれたんです」
サラは笑顔で言うと、教会の扉を背にするようにして正面を向く。ベックの肩に軽く触れると、周囲に魔力の波がソナーのように広がっていった。
「……気配がなさすぎるとは思ったけどよ。お前たちといるとほんと自信なくすぜ。一応先輩だし金級に昇格もしたんだけどな」
「それはそれはおめでとうございます。頼りにしてますよ。先輩」
「色々と逞しくなってきてるねぇ。後輩。せいぜい追い抜かれないように頑張りますか」
微塵の気配も感じさせなかったにも関わらず、サラの探知の魔力に意味をなさないと思ったのか、物陰から次々と黒ずくめの男達が現れる。
「修行の成果。ここで見せます」
「背中はべったり守ってる嬢ちゃんがいるからなぁ。せめてその後ろぐらいは露払いしてやるさ」
得体の知れない敵を目の前にしているにも関わらず、聖域を守るように立つ二人には、喜びを嚙みしめるような笑顔が浮かんでいた。
日が陰り、ステンドグラスから注ぎ込むはずの光も消え、薄暗い聖堂にトランスが足を踏み入れた。歩を進めるごとに、配置されている燭台に青白い炎が灯っていく。その先には、小脇に兜を抱えたダークエルフのシンが、空いた手で顔の古傷に指をなぞるようにしながら、端正な顔を歪めトランスを見下ろしていた。
「真正面から堂々とご苦労なことだ。騎士道精神ってやつか? それに、お仲間はいいのか?」
「問題ない。待っているとわかっているから正面から来ただけだ。それに、サラとベックなら大丈夫だ」
「割に声が震えてるぞ? 怖いんだろ?」
「……だからなんだ」
青白い炎に照らされ、特徴的な黒い肌が美しいとさえ感じる顔で、悪戯っ子のような口調でトランスに言葉を投げかける。事実、トランスの手は小刻みに震えていた。ゆっくりとトランスのほうに歩みながら、シンは兜を乱暴に被り、細剣を抜いた。
「守れないかもしれない? 傷つけるかもしれない? はっ! そんな御大層なことじゃねぇだろ」
「何が言いたい!」
からかうような口調から、段々と怒気を孕んだ口調に崩れるシンの言葉に釣られるように、トランスの語気も荒くなる。
「てめぇ、失敗するのがこえぇんだろ?」
「な、にを……」
どろりとへばりつくような声が、いつの間にか耳元まで近づいていたシンの口から洩れ、トランスの身体が硬直する。腹部の割れた装甲へと細剣が伸び……弾かれた。
「うあーう!<反転>」
「ちっ、子を連れた騎士どころか、子供に連れられた騎士ってとこだな」
「くっ!」
慌ててトランスが剣を振ることで、シンは距離を取る。てしてしと兜をリーゼが叩き、シンをキッと睨みつけた。
「……すまない。リーゼ。助かった」
「あうあう」
「あーあ、呪詛で終われば楽だったんだけどな」
意識をし直したトランスの神眼には、シンの言葉から発せされた魔力に似た波長がはっきりと見てとれる。
「ここからはちっといてぇぞ。躾てやるよ。ガキが」
「精一杯噛みついてやるさ」
「あーうあー!」
色だけは似た白き鎧が相対する。まるでそれすら拒むかのように、赤の刃と銀の細剣が間をゆらめいていた。