勾留
だいぶあいてしまいました。気温の乱高下で体調を崩す人が多発してますので皆さんも気を付けて!
自分は崩さないんですけど、花粉が徐々にやってきましたよ。
黒森人。見た目は森人と瓜二つであるが、真っ白な肌であるエルフとは真逆の黒い肌を持つ亜種であると言われている。精霊や魔法に愛されているというエルフと違い、ダークエルフは精霊や魔法に嫌われた者、もしくは精霊を裏切った者として迫害の対象にあったとされている。
「あんまり得意じゃねぇんだけどな」
シンが剣先で兜を拾い上げ、手元へと放り投げた。その動作に目が行きそうになるトランスだが、賢者から多少の教えを受けた神眼が魔力の流れをシンの後ろ手に隠した指先に捉える。後ろには今も眠る子供がいるため、魔力の動きに注視し身構えるが、シンは予想外の動きに出ていた。
「なっ……、くっ」
「うーうー!」
「あばよっっと!」
踵を返すようにして家屋からシンは飛び出したのだ。目的であると思われる子供を放置し、颯爽と退却を選んだシンに、トランスは動きを固める。更に、注視していた魔力の塊も、家屋から飛び出たと同時に空へと放り投げられたのだ。追うか、子供を保護するか、その逡巡の内に、静まり返っていた辺りがにわかに騒がしくなり、バタバタと足音が響き渡った。警邏と思われる兵士達が現れると血だまりに沈む女性に目を見開き、たった今訪れた者としては妥当な判断を下す。
「貴様! 何をしている! そこから動くなよ!」
「わかった。俺がやったのではない。逃げも隠れもしないから安心しろ」
「……それでいい。これはひどいな。死体が二人か」
「待て、まだ子供は……」
警邏の物騒な発言に、トランスは背に守るようにしていた子供へと振り返るように視線を向ける。そこに目に入ったのは、血の気を失った子供の死体だった。
「馬鹿な……これは……! くそっ、シイイイイイイン!!」
「こらっ動くな! お前は容疑者なんだぞ! おい、お前ら、取り押さえるのに協力しろ!」
今すぐ駆けだそうとするトランスを警邏達が抑えつける。子供が横たわっていたのはボロボロの家屋の壁際であった。その壁に、暗く小さな壁穴が空いている。まるで細剣で刺突されて出来たかのような穴から、白み始めた太陽の光が漏れ、真っ直ぐと子供の心臓へと達していた。
暗くじめじめした石造りの建物内に、サラとベックが訪れる。何かしらベックが番の者に話しかけると、横へと道を空け、顎だけで先へと行くように促した。
「すみませんベックさん。私だけで来たら門前払いで……」
「気にすんなって。最近行き違いで顔もあわせられなかったからな。それがどうゆう訳か牢屋ってのもびっくりしたけどよ……」
なんとか疲労から回復したサラは、帰りの遅いトランスを探すと、街の噂で子連れ騎士が連行されたと聞いて、詰め所の牢まで向かったのだった。しかし、危険だからという理由で門前払いされ、どうしようかと悩んでいたところ、同じく噂を聞いたベックがやってきたのだった。
「ま、トランスさんのことだから、また何かに首を突っ込んだんだろうけどな。しっかし、子供まで一緒に牢へいれることないだろうに」
「きっと離れたがらなくて、なくなくだとは思いますけどね」
苦笑いするサラのその予想は的中しており、トランスだけを勾留しようとしたものの、どうやってもしがみついて離れないリーゼに業を煮やした警邏達は、諦めて一緒の牢へといれることにしたという経緯があった。
「師匠も来てくれた良かったんですが」
「いや、賢者様だっけ? 指名手配されてるのに堂々と来られても困るだろうよ?」
小声でベックが突っ込みをいれつつ歩いていると、牢の中に似つかわしくない鎧の男が俯いて座っている。普通は装備を没収されるのだが、どうやっても脱がすことが出来ずに諦めたようだ。抵抗どころか無抵抗なのにである。つくづく警邏泣かせの男である。リーゼはいつも通り背にしがみついて寝ているようだ。それを困ったような表情で見張る牢屋番がいたため、ベックが話しかけた。
「よっ、話しをしたいんだがいいか?」
「あっ、ベックさん! 知り合いですか?」
「あぁ、冒険者仲間だよ。色々と世話になってな」
「あー、なら話だけじゃなくて引き取ってもらっていいですか?」
「うん? 願ったりかなったりだがいいのか?」
「たった今無実の判断をした書面が届いたのですが、なんか話しかけづらくて……」
ベックがきょとんとしてトランスのほうへと視線を向けると、じめじめとした牢屋がより暗く感じるぐらいに、トランスの周囲は暗く重い空気に沈んでいた。
「あー、わかった。引き取って話はこっちで聞くわ。ご苦労さん」
「あ、ありがとうございます」
ベックがさりげなく手に銀貨を握らせると、牢番は笑顔で鍵を開けトランスへ出るように促した。
「トランスさん! 大丈夫ですか?」
サラがトランスへと駆け寄るが、トランスは重々しく口を開いた。
「心配をかけてすまない。だが、俺は教会へいかなければならない」
「何があったか知らないけどよ。せっかくだから付き合うぜ」
「私も一緒に行きます!」
ベックが滑らせた視線の先の書面には、教会の印が押されていた。