断罪の執行者
「うぅ……今日もひどいめにあいました」
適当に見繕ったような木の枝をつきながら、ぼろぼろになったサラが宿へと数日ぶりに帰る。賢者と修行をする上で、あらかじめ話してはあったものの、慌てたようにチータが駆け寄りサラを支えた。
「さ、サラさん! 大丈夫ですか?」
「あはは、ただいま、チータちゃん。ちょっと師匠が厳しくて……、大丈夫ですよ。トランスさん達は依頼とかですか?」
「それが……」
チータがここ数日の出来事を話すと、サラは目の下に隈を浮かべたまま表情を顰める。
「だから宿の様子をチラチラと窺うような人たちがいるんですね」
「はい、トランスさんが寝込んでいたのですが、急に飛び出していったので、帰りを待っているのかもしれません」
「うーん、心配ですけど、私も……もう……限界……、せめて、兜を……」
「さ、サラさん! あ、あの! 誰か手伝ってもらえませんか?」
疲れの限界に達し、寄りかかるようにして気を失ったサラを必死にチータが支え、助けを求められた冒険者達が、協力して部屋まで運んだのだった。節制の栄冠の宝石が、きらりと煌めいた。
「ひ、ひぃぃぃ! いでぇ! いでぇよぉ!」
貧民街の路地裏で、男の悲鳴が響く。やっと動くようになったと思った腕は、半ばから断ち切られて地面へと落ち、血だまりを作っていた。何かから逃れるように這う身体中には刺し傷があり、最早虫の息であることは誰の目からみても明らかだ。それを冷めた目で見降ろす一つの影は、無慈悲にも剣を振り下ろした。
「ひぎっ! あ……が……」
踵を返した先を、トランスが立ちはだかるが、まるで眼中にないかのように通り過ぎようとするが、腕を掴み静止する。その際、フードが外れ教会の護衛騎士の兜があらわになる。シンだ。
「待て! なぜこんなことを!」
「ちっ、めんどくせぇな」
心の底からめんどくさそうな声をあげ、盛大に舌打ちすると、軽くトランスの腕を振り払う。なおも引き留めようとしたトランスだが、足がもつれて膝をついてしまった。
「なっ!?」
「ふん、次があって忙しいんでな。お前ならそれぐらい治せるだろ。じゃぁな」
そう言うとシンは、貧民街へと路地裏から姿を消す。気づけばトランスの膝の鎧の隙間から、血液が流れ出ている。腕を振り払った際、シンが放った突きがトランスの膝を捉えていたのだ。あまりに無造作に攻撃され、急激な痛みから手を緩めてしまった。傷を癒して追いかけた物の、姿はすでに見失ってしまった。
「次……と言っていたな……」
気を取り直すと、トランスは貧民街の中へと、シンを追いかけるべく走っていった。
顔の傷を手で押さえながら、女性がぼろぼろの家屋の壁際へと追いやられている。
「ひ……、な、なんなのよあんた……。私が何をしたっていうのよぉ!」
ヒステリックに女性が叫ぶが、そんなことは知ったことかとフードを被った人物、シンは細剣を振るう。
「ぎゃぁぁあ! たす、助けて! 誰か!」
「うるせぇなぁ」
「ぎっ……ぁ……」
シンは感情の無い声をとともに、一瞬で女性の喉を突きさし黙らせる。べしゃりと血だまりの中に女性は倒れ込む。気道からもれた空気が、ごぼごぼと血液を沸騰させるかのように泡立てた。
「起きもしねぇか……」
興味が失せたかのように視線を外した先には、すやすやと疲れ切ったかのように子供が眠っている。治ったはずの火傷の代わりに、その顔面には無数の切り傷があり腫れあがっている。ゆっくりとシンは細剣を突き刺すべく歩み寄り、腕を引いた。
「待て!」
「ちっ……」
悲鳴に駆けつけたトランスが静止の言葉をかけるが、シンの動きは止まらない。
「疾駆!」
「……めんどくせぇ」
静止を無視したシンの細剣は、疾駆で駆け寄ったトランスの剣にかちあげられる。不機嫌を隠そうともしない声で呟いたシンは、すかさず距離を取り、外套をトランスへと放り投げた。
「む……!」
「ふっ」
トランスに覆い被さるように放り投げられた外套に、次々と穴が空き、金属同士のぶつかり合う音が響き渡る。細剣が鎧に阻まれた証拠であるが、シンはその結果はわかりきったことであるかのように、焦った様子はない。それどころか、放り投げた外套を切り裂くようにしてトランスが放った剣を半身になって避けると、見慣れぬ兜に顔を顰めながら、その眼球を狙い突きを繰り出す。
「あーうあー!<反転>」
「うぉっ……!?」
突き刺したと思った瞬間に、急にマントが割込み弾かれたことでシンの体勢が崩れる。更に、トランスの背にしがみつくようにしていたリーゼに目を奪われ、斬り上げたトランスの剣にシンの兜が弾き飛ばされ素顔があらわになった。
「おいおい、こんなところにガキをつれてくんなよ……。けっ、これじゃほんとにあたしがわるもんみてぇじゃねぇか」
眠る子供を守るように立ちはだかり、リーゼがしがみつくトランスを見て、褐色の肌でとがった耳、白銀のように煌めく髪を鬱陶しそうに払う。ダークエルフであるシンは、痛々しさの残る顔の古傷を指でなぞりながら、獰猛に笑った。